瀬戸内のジャンヌ・ダルク、悲恋に散る – 大祝鶴姫の辞世の句

戦国武将 辞世の句

「わが恋は 三島の浦の うつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらふ」

この切ない歌は、「瀬戸内のジャンヌ・ダルク」とも称される戦国の女性武将、大祝鶴姫(おおほうり つるひめ)が遺したとされる辞世の句です。伊予国(現在の愛媛県)大三島の大山祇神社を守るため、若くして鎧をまとい戦場を駆け、恋に生きた鶴姫。わずか十八年という短い生涯の最後に、彼女はどのような想いをこの歌に託したのでしょうか。

瀬戸内のジャンヌ・ダルク – 鶴姫の生涯

鶴姫は、伊予国大三島にある大山祇神社の大宮司・大祝家に生まれました。幼い頃から父に可愛がられ、神道の学問や和歌、琴といった教養に加え、武術や兵法も叩き込まれたと伝えられます。これは、神域であり、また瀬戸内海の要衝でもあった大三島を守る一族としての宿命だったのかもしれません。

鶴姫が八歳の時に父が病死。兄の安舎(やすおく)が大祝職を、もう一人の兄・安房(やすふさ)が水軍の将を継ぎます。しかし当時、中国地方の雄・大内義隆が勢力拡大のため、大三島を狙っていました。

1541年、鶴姫十六歳の時、大内軍が侵攻。この戦いで兄・安房は奮戦するも討死してしまいます。悲しみに暮れる間もなく、同年、再び大内軍が襲来。兄の跡を継ぎ、三島水軍の陣代として戦場に立ったのは、十六歳の鶴姫でした。(※彼女の幼馴染で、後に恋人となる越智安成(おち やすなり)が率いたという説もあります)

鶴姫は、自ら鎧兜を身にまとい、「我は三島明神権化の者なり、我と思わん者は出だせたまえ!」と凛々しく名乗りを上げ、長刀を振るって敵陣に切り込みます。その勇猛果敢な戦いぶりは敵を驚かせ、見事、大内軍を撃退しました。若き女性武将の誕生です。

恋と死、守り抜いた故郷 – 越智安成との絆と最期

初陣を勝利で飾った鶴姫は、互いに想いを寄せ合っていたとされる若武者・越智安成と共に、亡き兄の遺志を継いで水軍の再建に励みます。しかし、平和な時間は長くは続きませんでした。</p

1543年、鶴姫十八歳の夏。二度の敗北に怒る大内義隆は、大軍勢をもって再び大三島に攻め寄せます。鶴姫と安成は全力で迎え撃ちますが、圧倒的な兵力差の前に苦戦を強いられます。

鶴姫たちを退却させるため、恋人・安成は決死の覚悟で敵の本陣に突撃し、壮絶な討死を遂げました。愛する人を失った悲しみの中、大祝職の兄・安舎は大内氏との和睦を決断します。</p

しかし、鶴姫は諦めませんでした。安成の死を悼み、故郷を守るため、残った兵を集めて最後の反撃を試みます。夜陰に乗じて大内軍に奇襲をかけ、不意を突かれた敵軍は混乱し敗走。鶴姫は、ついに大三島を守り抜いたのです。

しかし、勝利の代償はあまりにも大きいものでした。戦いが終わり、恋人・安成の弔いを済ませた鶴姫は、一人小舟に乗って沖へ漕ぎ出すと、愛する人の後を追うかのように、その短い生涯を自ら閉じたと伝えられています。

巫女、武将、そして一人の女性として – 鶴姫の人物像と心情

鶴姫の人物像は、非常に多面的です。神に仕える巫女(みこ)としての敬虔さ、故郷と民を守る武将としての勇猛さ、そして若くして恋を知り、その死に殉じた一人の女性としての純粋さ。

幼い頃から文武両道を叩き込まれ、兄の死をきっかけに若くして戦場の先頭に立つことを運命づけられました。その戦いぶりは「明神の化身」と称されるほど神々しく、兵たちを鼓舞したことでしょう。しかし、鎧の下には、恋する人を想い、その死を深く悲しむ、等身大の少女の心があったのです。

故郷を守り抜くという使命を果たした後、彼女にとって生きる意味は、愛する安成と共にあったのかもしれません。彼のいない世界で生き続けることよりも、彼と同じ場所へ行くことを選んだ。それは、悲しくも純粋な、鶴姫の最後の決断でした。

「わが恋は三島の浦の…」 – 辞世の句に込められた悲恋

「わが恋は 三島の浦の うつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらふ」

(私の恋は、ここ三島の浦に打ち上げられた空っぽの貝殻のよう。愛しい人を失って虚しくなってしまい、世間で武勇を称えられる名声さえも、今はただ辛く感じるばかりです)

「うつせ貝」とは、中身(身)のない空っぽの貝殻のこと。鶴姫は、最愛の人・安成を失った自身の心を、この空虚な貝殻に例えました。彼という「実(み)」を失った今、自分の存在(=貝殻)もまた、空しく色褪せてしまったと感じたのでしょう。

「名をぞわづらふ」の部分は、戦での武功や名誉(名)さえも、恋人を失った今となっては虚しく、むしろ心を苦しめるもの(煩わしい)と感じている、と解釈できます。戦に生きた武将としてではなく、愛に生きた一人の女性としての、痛切な心の叫びが聞こえてくるようです。

鶴姫の物語が現代に語りかけること

鶴姫の短くも鮮烈な生涯は、現代を生きる私たちに多くのことを教えてくれます。

  • 使命と勇気: 若くして、また女性でありながら、故郷を守るという使命を背負い、臆することなく戦った勇気は、困難な状況に立ち向かう私たちを励ましてくれます。
  • 愛の深さ: 愛する人を想い、その死を悼み、最後にはその後を追った鶴姫の姿は、愛の持つ力、そしてそれが時に人の生き死にさえ左右するほどの深さを持つことを示しています。
  • 信念を貫く強さ: 周囲が和睦に傾く中でも、故郷を守るという信念を貫き、最後まで戦い抜いた意志の強さは、自分の信じる道を歩むことの大切さを教えてくれます。
  • 儚さと美しさ: わずか十八歳で散った命。その儚さの中に、故郷への愛、恋人への愛を貫いた一途な生き方の美しさが凝縮されています。

終わりに

大祝鶴姫は、歴史の波間に埋もれがちな存在かもしれませんが、その物語は戦国の世に咲いた一輪の花のように、健気で、力強く、そしてあまりにも切ない輝きを放っています。彼女が遺した辞世の句は、武勇伝の陰にある、一人の女性の純粋な愛と悲しみを、静かに、しかし深く私たちに伝えてくれるのです。

この記事を読んでいただきありがとうございました。

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