人間五十年、夢幻の如くなり～織田信長が愛した『敦盛』の一節～

戦国武将　辞世の句

2025.04.10

戦国の世に彗星の如く現れ、旧来の秩序を打ち破り、天下統一への道を切り開いた風雲児、織田信長。その苛烈さと革新性で、日本の歴史に強烈なインパクトを残した人物です。

信長の死生観を象徴する言葉として、しばしば引用される一節があります。それは、信長が好んで舞ったとされる幸若舞（こうわかまい）『敦盛（あつもり）』の中の有名な一節です。厳密には信長自身の辞世の句ではありませんが、その生き様と最期を重ね合わせ、あたかも辞世の句のように語り継がれてきました。

人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

（にんげんごじゅうねん、げてんのうちをくらぶれば、ゆめまぼろしのごとくなり）

時代の破壊者、そして創造主：織田信長の生涯

織田信長は、尾張国（現在の愛知県西部）の一大名として生まれましたが、桶狭間の戦いで圧倒的な兵力差を覆して今川義元を討ち取り、一躍その名を全国に轟かせます。「天下布武」の印を用い、武力による全国統一を目指して、破竹の勢いで版図を拡大していきました。

信長の行動は、常に革新的でした。家柄や身分にとらわれず能力のある者を登用し、楽市楽座によって商業を活性化させ、鉄砲を効果的に用いた新たな戦術を導入するなど、旧来の価値観や権威に果敢に挑戦しました。比叡山延暦寺の焼き討ちや、石山本願寺との長期にわたる戦いは、宗教勢力をも恐れぬ信長の姿勢を象徴しています。まさに、時代の常識を覆す存在でした。

その一方で、苛烈で時に冷酷とも思える行動は、多くの敵を作り出すことにも繋がりました。天下統一を目前にした天正10年（1582年）、京都の本能寺において、最も信頼していたはずの家臣・明智光秀の謀反に遭い、志半ばでその生涯を終えることになります。炎に包まれる本能寺での最期は、劇的な人生の幕切れとして、今も多くの人々の想像力をかき立てます。

『敦盛』に託された信長の想い：人生の儚さと情熱

「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」。この『敦盛』の一節は、人間の人生はせいぜい50年ほどであり、それは下天（げてん：仏教の世界観における天界の一つで、その一日は人間界の50年に相当するとも言われる）の時間の長さに比べれば、まるで夢や幻のように儚いものだ、という意味です。（この句には「一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」という言葉が続きます。）

特に、桶狭間の戦いに出陣する直前、夜明けに起床した信長が、この一節を謡い舞い、そしてすぐさま出陣したという逸話は、『信長公記』にも記されており、非常に有名です。

なぜ信長はこの句を好んだのでしょうか。常に死と隣り合わせの戦国時代を生きた武将として、人生の短さ、儚さを強く実感していたことは想像に難くありません。しかし、信長にとってそれは、単なる諦観や無常感ではなかったはずです。

むしろ、「人生は短い、儚い夢幻のようなものだ。だからこそ、この限られた時間の中で、為すべきことを為すのだ」という、燃えるような情熱と行動への強い衝動に繋がっていたのではないでしょうか。既存の秩序を破壊し、新しい世を創り出すという、常人には考えられないような大事業に邁進した信長の原動力は、この人生の有限性への鋭い意識にあったのかもしれません。儚いからこそ、密度濃く、激しく生きる。それが信長の選択だったのでしょう。

夢幻の如き短い人生だからこそ、常識にとらわれず、恐れることなく、自らの信じる道を突き進む。この『敦盛』の一節は、まさに信長という稀代の革命児の生き様そのものを映し出しているかのようです。そして、本能寺で燃え盛る炎の中に消えたその最期を思うとき、この言葉はより一層、深く、そして切なく響いてきます。天下統一という壮大な夢もまた、幻のように消え去ったのですから。

信長が愛した『敦盛』の一節は、時代を超えて、現代に生きる私たちにも強烈なメッセージを投げかけます。

時間の有限性を自覚する： 私たちの人生もまた、長い歴史の中では一瞬の夢や幻のようなものかもしれません。「人間五十年」は当時の感覚ですが、現代においても人生の時間は有限です。その限りある時間を、私たちはどのように使い、何を残していくのでしょうか。日々の忙しさに追われる中で、立ち止まって考える価値があります。
情熱を持って生きる： 儚いからこそ、ただ流されるのではなく、情熱を持って今この瞬間を生きることの大切さ。信長のように時代を変えることはできなくとも、自分の人生において、譲れない信念や目標に向かって、熱意を持って取り組むこと。その積み重ねが、人生を豊かにするのではないでしょうか。
変化を恐れない勇気： 既成概念や古い慣習を打ち破り、新しい時代を切り開いた信長の姿は、変化を恐れずに挑戦する勇気を与えてくれます。人生は夢幻のように短いからこそ、失敗を恐れず、大胆に行動してみることも時には必要かもしれません。安定の中に安住するだけでなく、自ら変化を起こしていく気概も大切です。

信長の激しい生き様と、好んで口にした『敦盛』の言葉。それは、人生の儚さと、だからこそ燃え上がる情熱という、表裏一体の真実を私たちに突きつけます。あなたの「人間五十年」（あるいは八十年、百年）を、どのように生きますか？信長の問いかけは、今も私たちの心に響き続けています。

この記事を読んでいただきありがとうございました。