迷いと悟りの狭間で――戦国武将・山崎隆方の遺した言葉

戦国武将 辞世の句

戦国時代。それは、下剋上が常となり、昨日の友が今日の敵となる、激動と変化の時代でした。多くの武将たちが歴史の表舞台で華々しく活躍する一方で、その詳細な生涯が謎に包まれたまま、深い思索を遺して去っていった人物もいます。今回は、生没年にも不明な点が多いながら、示唆に富む辞世の句を遺したとされる武将、山崎隆方(やまざき たかかた)に光を当ててみましょう。

謎に包まれた生涯

山崎隆方については、残念ながら詳細な記録は多く残されていません。没年は1555年とされていますが、生年は不詳。どのような家柄に生まれ、どのような戦いに身を投じ、どのような想いを抱えて生きたのか。その具体的な姿を知ることは困難です。しかし、断片的な情報や時代背景から、その人物像を想像することはできます。

山崎隆方が生きたとされる戦国時代中期は、各地で大小様々な勢力が興亡を繰り返し、領土を巡る争いが絶えませんでした。主家に従うだけでなく、自らの実力でのし上がる者も現れる、まさに実力主義の世の中。山崎隆方もまた、そうした厳しい現実の中で、武将としての道を歩んでいたと考えられます。あるいは、特定の勢力に属さず、独自の道を模索していたのかもしれません。どのような経緯で1555年に最期を迎えたのかも定かではありませんが、戦乱の中で命を落としたのか、病を得たのか、それとも他の理由があったのか、想像は膨らみます。

深遠なる哲学を映す辞世の句

詳しい生涯は不明ながら、山崎隆方が遺したとされる辞世の句は、私たちに深い問いを投げかけます。

「ありと聞きなしと思うも迷いなり 迷いなければ悟りさえなき」

(ありときき なしとおもうも まよいなり まよいなければ さとりさえなき)

この短い句には、どのような境地が込められているのでしょうか。

「ありと聞きなしと思うも迷いなり」。この前半部分は、物事の存在について語っています。この世の様々な事象や概念は、「存在する」と聞いたり、「存在しない」と思ったりする。しかし、そのどちらの認識も、実は人間の心の「迷い」が生み出しているものに過ぎない、というのです。これは、仏教における「空(くう)」の思想にも通じる、深い洞察と言えるでしょう。絶対的な「有」も「無」もなく、全ては捉え方次第である、という真理を見据えています。

そして、後半の「迷いなければ悟りさえなき」という言葉は、さらに私たちの固定観念を揺さぶります。一般的に「迷い」は否定的なもの、「悟り」は肯定的なものとして捉えられがちです。しかし山崎隆方は、その「迷い」がなければ、「悟り」という境地すら存在しない、と喝破します。迷い、悩み、惑うという経験があるからこそ、人は真理を求め、より高い境地(悟り)へと至ることができる。迷いは、悟りの対極にあるのではなく、むしろ悟りへと続く道筋そのものである、という逆説的ながらも力強いメッセージです。

戦国の世という、生と死が隣り合わせの極限状況にあって、山崎隆方がこれほどまでに深く、存在や認識、そして迷いと悟りの本質について思索を巡らせていたことに驚かされます。謎多き生涯とは裏腹に、その精神性の高さがうかがえる一句です。

迷いと共に歩む、人間らしさの肯定

山崎隆方の辞世の句は、混沌とした現代を生きる私たちにとっても、大きな意味を持つのではないでしょうか。

  • 迷いを恐れない: 私たちは日々、様々な選択や判断に迫られ、迷うことがあります。しかし、その迷いは決して悪いものではありません。山崎隆方の言葉は、迷うことこそが人間らしさであり、成長の糧となることを教えてくれます。
  • 安易な答えを求めない: 「あり」か「なし」か、白か黒か。私たちはつい、物事を単純化して分かりやすい答えを求めてしまいがちです。しかし、世の中には、どちらとも言えない曖昧なこと、矛盾をはらんだことが多く存在します。その複雑さを受け入れることが、より深い理解への第一歩となります。
  • 情報に惑わされない視点: 現代は情報過多の時代です。「あり」と報じられたことが、実は「なし」であったり、その逆もまた然り。何が真実かを見極めるのが難しい中で、山崎隆方の句は、外部の情報だけでなく、自分自身の心の動き(迷い)を見つめ、本質を探求する姿勢の大切さを示唆しています。
  • 「悟り」へのプロセスを楽しむ: 完璧な人間や、迷いのない境地を目指すのではなく、迷いながらも考え、学び、少しずつでも前に進んでいくプロセスそのものに価値を見出す。そんな生き方もまた、豊かであると言えるでしょう。

詳細な記録は少なくとも、山崎隆方が遺した「ありと聞きなしと思うも迷いなり 迷いなければ悟りさえなき」という句は、時代を超えて私たちの心に響きます。それは、迷いと共に生きる私たち人間への、静かな肯定と励ましのメッセージなのかもしれません。

この記事を読んでいただきありがとうございました。

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