島津義弘に学ぶ、「島津の退き口」からビジネスの決断を考える

戦国武将の名言

島津義弘の名言に学ぶ

「老武士のため、伊吹山の大山を越え難し。たとえ討たれるといえども、敵に向かって死すべしと思う」

戦国武将・島津義弘のこの言葉は、関ヶ原の戦いにおける彼の決断を象徴しています。彼は敗戦が決定的となった状況でも、ただ逃げるのではなく、戦略的な撤退を選びました。その背景には、単なる生存ではなく「未来につなげるための決断」という視点がありました。この考え方は、現代のビジネスにおいても非常に重要な示唆を与えます。

「島津の退き口」に学ぶリーダーの決断

関ヶ原の戦いで西軍が総崩れとなる中、島津軍は退路を断たれました。義弘はそこで「敵のど真ん中を突っ切る」という大胆な決断を下します。1,000名ほどの島津軍は10万を超える東軍の中央を突破し、壮絶な戦闘の末に義弘は撤退に成功しました。

この決断の中核には、「逃げるのではなく、次につなげるために戦う」という考えがありました。ビジネスにおいても、単なる撤退と戦略的撤退は異なります。市場環境が厳しくなったとき、事業から撤退するのではなく、どのように未来へつなげるかを考えることが求められます。

ビジネスにおける「捨て奸(すてがまり)」戦略

島津軍は撤退戦で「捨て奸(すてがまり)」という戦法を用いました。

捨て奸とは?

  • 追撃してくる敵を足止めするために、少数の兵が残り、銃撃や槍で迎撃し続ける。
  • 彼らが全滅すると、次の足止め隊が敵の追撃を食い止める。
  • その間に本隊は撤退し、より安全な場所へ移動する。

この戦法は、義弘の甥・島津豊久や家老・長寿院盛淳など、幹部クラスの犠牲を伴いました。しかし、この捨て身の戦略により、島津軍は最終的に撤退に成功し、薩摩の地に生きて戻ることができました。

ビジネスに応用する「捨て奸」の考え方

ビジネスでも、すべてを守ろうとすると結局すべてを失うことがあります。時には、最も重要な資源を守るために「一部を切り捨てる」決断が必要になることもあります。

現代のビジネスにおける応用例

  1. 事業の選択と集中
    • すべての事業を継続しようとせず、不採算部門を整理し、収益性の高い事業へリソースを集中する。
    • 例:赤字部門を閉鎖し、成長市場に資本を移す。
  2. リーダーの決断力
    • 島津義弘が自らの家老や甥を犠牲にする決断をしたように、経営者も組織の未来のために厳しい選択を迫られる。
    • 例:苦渋のリストラ決断をしつつ、企業存続の道を確保する。
  3. 危機対応とリスクマネジメント
    • 突然の市場変化に対して、すぐに全面撤退するのではなく、被害を最小限に抑えつつ次の一手を考える。
    • 例:業界の変化に応じて、一部の店舗やサービスを縮小しながら新しい事業展開を模索する。

勝負どころでは「前に進む撤退」を

島津義弘は「死ぬなら前を向いて戦う」と決意し、見事に撤退を成功させました。現代のビジネスにおいても、危機の際にただ逃げるのではなく、未来につながる撤退を考えることが重要です。

  • 無駄なプライドにこだわらない
  • 捨てるべきものを見極める
  • 未来へつなげる戦略的撤退を選択する

これらの教訓を生かし、勝負どころでの決断に活かしましょう。

この記事を読んでいただきありがとうございました。

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