埼玉県行田市に、かつて利根川と荒川の自然堤防と湿地帯に囲まれ「浮城」と呼ばれた城がありました。それが忍城です。戦国時代末期、豊臣秀吉による水攻めに耐え抜いた「忍城の戦い」は、城主・成田氏の家臣団と領民たちの団結力を示すものとして語り継がれています。
現在はその建物の一部が復元され、城跡は公園として整備されています。日本百名城の一つにも選ばれた忍城は、歴史愛好家だけでなく、勇壮な歴史ドラマに触れたい方にもぴったりの場所です。この記事が、忍城の魅力から周辺の観光情報まで、あなたの旅を豊かにする情報をお届けします。
忍城の歴史:難攻不落の「浮城」
忍城の起源は、室町時代中期の文明年間(1469年~1487年)に、この地の有力者であった成田氏によって築城されたのが始まりとされます。利根川と荒川に挟まれた広大な湿地帯の中に築かれ、多くの水堀が巡らされたことから「浮城」の異名を持ちました。
戦国時代に入ると、関東の覇権を巡る激しい争いの舞台となりました。扇谷上杉氏、山内上杉氏、後北条氏といった大名たちがこの城の支配を巡って激しく争います。成田氏は巧みに時代を生き抜き、最終的に小田原北条氏に従属します。
忍城が最もその名を馳せたのが、天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐における「忍城の戦い」です。小田原城を包囲した秀吉は、支城である忍城に対しても、石田三成を総大将とする大軍を派遣します。三成は、城を水没させるため、周囲に総延長28キロメートルにも及ぶ堤防(石田堤)を築き、利根川の水を引き込む「水攻め」を敢行しました。
しかし、城主・成田氏の家臣である甲斐姫(かいひめ)や、わずか3000の兵、そして領民たちは、この大規模な水攻めにも屈せず、約1ヶ月にわたり城を守り抜きました。この戦いは、秀吉軍の圧倒的な物量と知略に対しても、城の堅固さと籠城軍の士気の高さが示された稀有な事例として、今も語り継がれています。
小田原征伐後、忍城は徳川家康の関東入国に伴い、家康の家臣である松平忠吉(まつだいらただよし)が入城します。その後、松平氏、阿部氏などが城主を務め、忍藩の藩庁が置かれました。江戸時代を通じて、忍城は利根川水系の治水と交通の要衝として重要な役割を果たしました。明治維新により廃城となり、多くの建物は取り壊されましたが、その歴史的な重要性は現在も高く評価されています。城の歴史を紐解くと、水との闘いを続けた人々の苦労と、戦国の激動を生き抜いた人々の強さが伝わります。
忍城の見どころ紹介:復元された御三階櫓と水堀の面影
現在、忍城には当時の建物はほとんど残っていませんが、城跡は行田市郷土博物館を核とした行田市忍城址公園として整備され、当時の面影を偲ばせる遺構や、城をイメージした再建物があります。
御三階櫓(ごさんがいやぐら)
行田市郷土博物館の建物として、忍城のシンボルである御三階櫓が復元されています。天守の代わりをしていたこの櫓は、白漆喰の美しい外観が特徴で、城沼に面してそびえ立つ姿は圧巻です。内部は博物館となっており、忍城の歴史や水攻めの様子、行田市の文化財について詳しく学べます。最上階からは、行田市街地や周囲の自然を一望できます。
大手門橋と水堀
御三階櫓の前にかかる大手門橋は、かつての大手門へ続く橋を再現したものです。橋を渡ると、城沼につながる水堀が広がり、当時の「水城」としての雰囲気を強く感じられます。堀の周囲は遊歩道として整備され、水辺の散策を楽しめます。
本丸跡と二の丸跡
現在、本丸跡や二の丸跡は公園や博物館の敷地となっています。広々とした空間から、かつての城郭の広がりを想像できます。園内には石碑や解説板が設置されており、城の構造を理解する手助けとなります。
東照宮(とうしょうぐう)
忍城の敷地内には、徳川家康を祀る東照宮があります。江戸時代に忍城主となった松平氏が建立したもので、徳川家との深い結びつきを示しています。
水城公園
忍城址公園の南側に広がる水城公園は、かつての城沼の一部を利用した広大な公園です。池や噴水、遊歩道が整備されており、市民の憩いの場として親しまれています。桜や藤、ハスなど四季折々の花が咲き、自然の中でリフレッシュできます。
映える撮影スポット:水辺に映る城と四季の花々
忍城跡は、その歴史的な深さだけでなく、水辺の美しい景観も魅力です。特に写真撮影を楽しむ方には、いくつかの「映える」場所があります。
御三階櫓と水堀
城沼に面してそびえ立つ御三階櫓は、忍城のシンボルであり、最も美しい撮影スポットです。水堀に櫓が美しく映り込み、特に風のない穏やかな日には、幻想的な写真を撮影できます。時間帯によっては、太陽の光が水面をきらめかせ、一層魅力的な写真となります。夜にはライトアップが行われ、昼間とは異なる幻想的な姿を見せます。
大手門橋と堀
大手門橋は、歴史を感じさせる撮影スポットです。橋を渡る人物や、橋の向こうに見える櫓を背景に、雰囲気のある写真を撮影できます。
水城公園の四季の風景
水城公園は、四季折々の花が咲き誇り、美しい景観を作り出します。春の桜、初夏の藤、夏のハスなど、季節ごとに異なる表情の写真を撮影できます。特に、ハスの花が咲く時期は、水面を覆うように咲くハスと櫓の組み合わせが非常に美しいです。
石田堤史跡公園
かつての石田堤の一部が史跡公園として整備されています。堤の上からは、広大な水田地帯を見渡せ、当時の水攻めの規模を想像できます。直線的に伸びる堤と、広がる空のコントラストは、雄大な写真となります。
おすすめの時間帯と季節
- 春(3月下旬~4月上旬):桜の開花時期は、城跡が最も華やかになる時期です。
- 夏(7月下旬~8月上旬):水城公園のハスの花が見頃を迎え、美しい写真が撮れます。
- 早朝または夕暮れ時:人出が少なく、光が柔らかいため、落ち着いて撮影できます。特に夕暮れ時は、御三階櫓が夕日に照らされ、美しいシルエットとなります。
どの季節に訪れても、忍城跡はあなたを魅了する美しい景色を提供します。
現地体験:行田の歴史と文化に触れる旅の楽しみ
忍城跡周辺では、歴史や文化をより深く体験できる様々な施設や催しがあります。
行田市郷土博物館
御三階櫓の内部にある博物館で、忍城の歴史、水攻めの詳細、そして行田市の文化財について豊富な資料や模型、映像で紹介しています。忍城を訪れたら、ぜひ立ち寄りたい場所です。
さきたま古墳公園
国の特別史跡に指定されている、大型古墳群が広がる公園です。丸墓山古墳は、石田堤築造の際に、石田三成が本陣を置いた場所としても知られています。古墳群を散策すると、古代の歴史と、忍城の戦いのドラマが交錯する場所にいることを感じられます。稲荷山古墳から出土した国宝の金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)は、埼玉県の県名の由来となった「埼玉」の文字が記されており、必見です。
足袋とくらしの博物館
行田市は、かつて足袋の生産で全国一を誇った「足袋のまち」です。この博物館では、足袋の歴史や製造工程、当時の職人の暮らしについて学べます。足袋の製作体験ができる場所もあります。
行田市観光案内所
忍城址公園の近くにあり、観光情報やパンフレットを入手できます。
交通手段:忍城へのアクセスと周辺の移動
忍城跡へのアクセスは、公共交通機関でも車でも可能です。
電車とバスまたは徒歩を利用する場合
最寄り駅は秩父鉄道行田市駅です。行田市駅から忍城跡までは、徒歩で約15分です。または、行田市駅から市内循環バス「観光拠点循環コース」に乗車し、「忍城址」バス停で下車すると、城跡の目の前に到着します。JR高崎線吹上駅からも、朝日バスで「行田市役所前」バス停下車、徒歩約5分です。
車を利用する場合
東北自動車道羽生インターチェンジから国道125号線などを経由し、約20分で忍城址公園に到着します。忍城址公園には無料駐車場が整備されており、車での訪問も安心です。駐車場から城内までは、整備された遊歩道を歩いて散策します。
周辺の観光名所:歴史と自然が息づく行田の魅力
忍城跡の周辺には、他にも魅力的な観光スポットが点在しています。城跡を訪れた後は、ぜひこれらの場所にも足を延ばしてみてください。
古代蓮の里
約1400年前の地層から出土した古代蓮が、毎年夏に美しい花を咲かせます。展望タワーからは、古代蓮が咲き誇る蓮池を一望でき、水田を利用した巨大な田んぼアートも楽しめます。
水上公園
夏季限定で営業するプール施設です。ウォータースライダーなどがあり、家族連れに人気です。
埼玉県立さきたま史跡の博物館
さきたま古墳公園内にあり、古墳時代の文化や歴史、出土品について展示しています。国宝の金錯銘鉄剣が展示されている場所です。
行田八幡神社
病気平癒や厄除けにご利益があると言われる古社です。忍城の鬼門に位置し、城の守護神としても崇められていました。
ご当地の味とおすすめ店:行田の美食を堪能する
行田市は、足袋の街としてだけでなく、美味しいグルメも楽しめる地域です。忍城散策の後に、地元の美味しい味覚をぜひ堪能してください。
ゼリーフライ
行田市のB級グルメとして有名なのが「ゼリーフライ」です。おからとジャガイモを混ぜて揚げたもので、衣がなく、フワフワとした食感が特徴です。見た目が小判形をしていることから「銭(ぜに)フライ」がなまって「ゼリーフライ」になったと言われています。
フライ
ゼリーフライと並ぶ行田のB級グルメが「フライ」です。小麦粉を水で溶いて薄く焼き、ネギや肉などを加えたお好み焼きのようなものです。お店によって具材や味が異なり、食べ比べも楽しめます。
行田在来そば
行田市で古くから栽培されてきた在来種のそば粉を使った、風味豊かなそばです。地元のそば店で味わえます。
おすすめの食事処
- ゼリーフライ・フライ専門店:市内に多数ある専門店で、揚げたてのゼリーフライやフライを味わえます。テイクアウトもできます。
- 地元の飲食店:忍城周辺や行田市駅周辺には、地元の食材を活かした定食屋や居酒屋があります。
- 和菓子店:足袋の街ならではの和菓子を提供する店もあります。お土産にも良いでしょう。
周辺名所への行き方:効率的な観光ルートの提案
- 忍城跡(行田市郷土博物館)からさきたま古墳公園:車で約10分。バスも運行しています。
- 忍城跡から足袋とくらしの博物館:徒歩約5分。忍城址公園の近くにあります。
- 忍城跡から古代蓮の里:車で約15分。夏季限定の蓮の見頃には、直行バスも運行します。
これらの場所は、公共交通機関や車を組み合わせることで効率よく巡れます。行田市内は比較的平坦なので、自転車での散策もおすすめです。
まとめ:忍城で感じる不屈の精神と水辺の美しさ
忍城は、豊臣秀吉の水攻めに耐え抜いた「浮城」として、日本の歴史にその名を刻みました。現在、復元された御三階櫓や、広大な城沼は、当時の堅固な防御と、不屈の精神を今に伝えます。
城跡は、水辺の美しい風景が広がり、特に桜やハスの季節には、多くの人々で賑わいます。周辺には、さきたま古墳公園や足袋とくらしの博物館といった、行田ならではの歴史と文化に触れるスポットが点在し、歴史散策と合わせて様々な楽しみ方ができます。
ゼリーフライやフライなど、行田ならではのB級グルメも旅の大きな楽しみです。歴史の舞台を散策し、水辺の風景に癒やされ、地元の味覚を堪能する忍城の旅は、きっとあなたの心に深く刻まれる素晴らしい思い出となるはずです。
この記事を読んでいただきありがとうございました。