ビジネス文書は、単に情報を正確に伝えるだけのツールではありません。その一通のメール、一枚の報告書が、あなたの信頼性や仕事への姿勢を映し出し、ビジネスの成果を大きく左右します。
基本的なNG表現を避けることはもちろん重要ですが、実際のビジネスシーンでは、さらに一歩進んだ「対応力」が求められます。
本稿では、よくあるNG例を多角的に紹介するとともに、その背景にある課題や、より信頼を勝ち取るための具体的な対応策まで踏み込んで解説します。
NG例1:不適切な敬語
敬意を示すはずの言葉が、知識不足や過剰な意識によって逆効果になるケースです。
NG例(1) [二重敬語]: お客様がおっしゃられました件につきまして、拝見させていただきます。
NG例(2) [尊敬語と謙譲語の混同]: (上司の同行先で)弊社の〇〇部長が申された通りです。
NG例(3) [「~になります」の誤用]: こちらが本日お配りする資料になります。
問題点
- (1) は典型的な二重敬語と過剰表現で、回りくどい印象を与えます。
- (2) は、社外の相手に対して、身内である上司の行為に尊敬語「申された(正しくは『おっしゃった』)」を使ってしまっています。身内を高める表現は、相手に非常識な印象を与えます。
- (3) の「~になります」は、本来「Aが変化してBになる」という意味の言葉です。単に物を提示する際に使うのは、いわゆる「バイト敬語」とされ、ビジネスシーンでは稚拙に聞こえる場合があります。
改善策
改善策(1) : お客様がおっしゃった件につきまして、拝見いたします。
改善策(2) : (社外の相手に)弊社の〇〇が申し上げていた通りです。/(社内で)〇〇部長がおっしゃった通りです。
改善策(3) : こちらが本日お配りする資料でございます。/本日お配りする資料です。
なぜ敬語を間違うのか?
敬語の誤用は、単なる知識不足だけでなく、「丁寧にしなければ」というプレッシャーから、マニュアル的に過剰な言葉を選んでしまう心理が働いています。大切なのは、誰に対して、誰の行為を表現するのかを常に意識することです。特に社外と社内では敬語の使い分けが必須。言葉遣いだけでなく、迅速な対応や丁寧な仕事ぶりといった行動そのものが最高の敬意であることも忘れてはなりません。
NG例2:意図が伝わらない曖昧表現
良かれと思った遠慮が、相手の時間を奪い、ビジネスの停滞を招きます。
NG例(1) [期限が不明確]: こちらの資料、なるべく早くご確認をお願いいたします。
NG例(2) [依頼が不明確]: 新企画の件、いかがでしょうか。ご確認いただけますと幸いです。
NG例(3) [責任の所在が不明確]: この件は、関係各所と調整が必要かと思われます。
問題点
- (1) の「なるべく早く」は人によって解釈が異なり(1時間後なのか、3日後なのか)、結果的に相手を混乱させ、催促する手間を生みます。
- (2) は、相手に「何を確認し、どうしてほしいのか」が伝わりません。「良いか悪いか意見がほしいのか」「誤字脱字のチェックか」「承認がほしいのか」が不明です。
- (3) は、評論家のような立場で、誰がボールを持っているのかが分かりません。これでは物事が一歩も前に進みません。
改善策
改善策(1) : こちらの資料につきまして、〇月〇日(水)の午前中までにご確認いただけますでしょうか。
改善策(2) : 新企画の件、添付の企画書をご確認いただき、内容についてご承認いただけるか否か、ご返信いただけますと幸いです。
改善策(3) : この件は、私が窓口となり関係各所と調整いたします。つきましては、〇〇の点についてご意見をいただけますでしょうか。
【深掘り解説】相手を動かす「明確な指示」
曖昧な表現は、手戻りや認識の齟齬を生む最大の原因です。依頼をする際は、「いつまでに(When)」「誰が(Who)」「何を(What)」「どうする(How)」を明確に伝えましょう。相手に「No」と言われることを恐れず、具体的な期限やアクションを示すことが、プロジェクトを前に進める推進力となります。それが、結果的にチーム全体の生産性を高める「優しさ」なのです。
NG例3:配慮に欠ける体裁とデジタル作法
中身が良くても、見た目や作法で損をしてしまうケースです。
NG例(1) [件名が不親切]: (件名:ご連絡)
NG例(2) [添付ファイルへの言及不足]: (本文)企画書をお送りします。 (添付ファイルが1つだけならまだしも、複数あると混乱を招く)
NG例(3) [レイアウトが劣悪]: 改行や句読点が一切なく、スマートフォンの画面いっぱいに文字がびっしりと詰まっている長文メール。
問題点
- (1) の件名では、相手はメールの重要度や内容を判断できず、後回しにされてしまう可能性があります。
- (2) は、何のファイルがいくつ添付されているか不明で、相手に確認の手間をかけさせます。添付漏れのリスクも高まります。
- (3) は、読む気をなくさせます。相手がPCで読むかスマホで読むかは分かりません。どんな環境でも読みやすい配慮が欠けています。
改善策
改善策(1) : 【〇〇プロジェクト】次回定例会の日程調整のお願い(株式会社△△ 田中)
改善策(2) : 企画書をお送りします。添付ファイル(全3点)をご確認ください。
・企画書本編_ver2.pdf
・参考資料_競合分析.xlsx
・御見積書.pdf
改善策(3) : 適度な改行、空白行、箇条書きを活用し、論理の区切りでブロックに分ける。
【深掘り解説】文書は「見た目」も実力のうち
多忙な相手は、件名でメールを読む優先順位を決めています。「件名だけで要件と差出人が分かる」ようにするのは基本マナーです。また、長文になる際は、箇条書きや空白行を効果的に使い、視覚的に分かりやすく整理する「レイアウト力」も重要です。これは、相手の「読み解く時間」というコストを削減してあげるという、高度な配慮と言えます。
NG例4:信頼を損なう謝罪と報告
トラブル発生時の対応こそ、その人や企業の真価が問われます。
NG例(1) [言い訳が先行]: 交通機関の遅延という不測の事態がありまして、大変申し訳ございませんが、打ち合わせに遅れてしまいます。
NG例(2) [原因究明中の不誠実な報告]: ご指摘の不具合ですが、現在原因は不明です。分かり次第、対応いたします。
NG例(3) [責任転嫁]: 〇〇さんから情報共有がなかったため、対応が漏れてしまいました。大変申し訳ございません。
問題点
- (1) は、謝罪よりも先に言い訳を述べており、反省の意が伝わりにくいです。
- (2) は、「不明です」「対応します」だけでは、相手を不安にさせます。いつまでに、どのような調査をするのかという具体的なアクションが示されていません。
- (3) は、社内の問題を顧客に開示し、責任を他者に押し付けており、組織としての体をなしていません。
改善策
改善策(1) : (まずは電話で)「大変申し訳ございません。〇〇(名前)です。電車の遅延により、到着が15分ほど遅れる見込みです。」
改善策(2) : 「ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。ご指摘の不具合について、ただ今、最優先で原因を調査しております。本日15時を目処に、一度状況をご報告いたします。」
改善策(3) : 「弊社の連携不足により、対応が遅れましたことを深くお詫び申し上げます。今後は〜という形で再発防止を徹底いたします。」
謝罪の目的は「信頼の再構築」
謝罪のゴールは、許してもらうことではなく、信頼関係を再構築することです。そのためには、①まず結論として謝罪 → ②事実と現状の報告 → ③具体的な今後のアクションプランと時間軸の提示 → ④再発防止策の表明、というステップを踏むことが不可欠です。迅速で誠実な対応は、時にトラブル前よりも顧客の信頼を高める「サービス・リカバリー・パラドックス」という効果を生むことさえあります。ピンチは、誠実さを示すチャンスでもあるのです。
まとめ
良いビジネス文書とは、単に言葉遣いが正しいだけでなく、「この文章を受け取った相手が、どう感じ、どう動くか」という想像力、すなわち「相手への配慮」の上に成り立っています。
今回ご紹介したテクニックは、すべてこの「配慮」という考え方に集約されます。日々の業務の中で、一つでも意識して実践することで、あなたの文書力と信頼性は着実に向上していくはずです。
この記事を読んでいただきありがとうございました。