~現代ビジネスリーダーが実践すべき5つの教え~
「利益追求と社会貢献、果たしてこれらは両立できるのだろうか?」
現代のビジネスシーンにおいて、多くのリーダーがこの問いに向き合っているのではないでしょうか。短期的な利益が重視されがちな現代社会において、企業の社会的責任(CSR)やESG経営、SDGsへの貢献といった言葉を耳にする機会は増えましたが、その実践に悩む声も少なくありません。
しかし、今から100年以上も前に、まさにこの「利益と道徳の両立」を生涯かけて追求し、日本の近代資本主義の礎を築いた人物がいました。その名は、渋沢栄一。生涯に約500もの企業の設立・育成に関わり、同時に約600もの社会公共事業にも情熱を注いだ「日本資本主義の父」です。
本記事では、渋沢栄一がその生涯を通じて唱え続けた核心的思想「論語と算盤(そろばん)」を手がかりに、現代のビジネスパーソン、特に経営者やマネジメント層、そしてサステナビリティや共益資本主義に関心を持つすべての方々が、日々の仕事や経営に活かせる普遍的な教えを5つのポイントに分けて解説します。渋沢の叡智から、これからの時代に求められるリーダーシップと、持続可能な成長を実現するためのヒントを探っていきましょう。
本論:渋沢栄一から学ぶべき「論語と算盤」の教え(5つのポイント)
ポイント1:道徳と経済は一つである(道徳経済合一説)
渋沢栄一の思想の根幹をなすのが、「道徳経済合一説」です。これは、道徳(論語)と経済活動(算盤)は決して切り離すべきものではなく、むしろ一体となって初めて真の発展があるという考え方です。彼は、利益を追求する経済活動は、必ず人としての正しい道、すなわち倫理や道徳に基づかなければならないと説きました。
「富をなす根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ。」
これは渋沢の有名な言葉ですが、まさに彼の信念を表しています。彼は私利私欲のためではなく、公益のために富を生み出し、それを社会に還元することこそが企業の使命であると考えました。例えば、大蔵省の役人であった渋沢は、官尊民卑の風潮が強く、また官と民の癒着や利益相反を避けるべきとの考えから、将来有望なエリート官僚の道を捨て、実業の世界に身を投じました。そして、日本初の銀行である第一国立銀行(現・みずほ銀行)の設立を主導するなど、常に公正性と透明性を重んじた経営を心がけました。
<現代ビジネスへの応用・学ぶべき点>
この教えは、コンプライアンスの遵守はもちろんのこと、企業倫理の確立、パーパス経営(企業の存在意義を重視する経営)の実践、そして透明性の高い情報開示といった、現代企業に強く求められる姿勢そのものです。短期的な利益に目を奪われることなく、社会の公器としての責任を果たすことの重要性を示唆しています。
<明日からできる「論語と算盤」的アクション>
- 自社の経営理念や行動規範を再読し、そこに込められた「道徳」や「社会への約束」を日々の業務でどのように実践できるか具体的に一つ考えてみる。
ポイント2:皆の利益が企業の利益につながる(合本主義・共益資本主義)
渋沢栄一は、特定の個人や財閥が富を独占するのではなく、多くの人々から資本を集めて共同で事業を行う「合本主義(がっぽんしゅぎ)」を推進しました。これは、現代でいうステークホルダー資本主義や共益資本主義の考え方に通じるものです。企業は株主のためだけにあるのではなく、従業員、顧客、取引先、地域社会、そして国全体といった、あらゆる関係者(ステークホルダー)の利益に貢献することで、結果として企業自身も持続的に成長できるという思想です。
渋沢は、特定の豪商や財閥による事業独占を良しとせず、株式会社制度を積極的に導入・普及させることで、幅広い人々が事業に参加し、その恩恵を受けられる社会を目指しました。彼が関わった企業が多岐にわたる業種(銀行、保険、鉄道、紡績、ガス、電力など)に及んだのも、社会全体のインフラを整備し、国民生活を豊かにするという公益の視点があったからです。
<現代ビジネスへの応用・学ぶべき点>
現代においては、サプライチェーン全体での共存共栄、オープンイノベーションによる外部との連携、そして従業員のウェルビーイング向上や地域社会への貢献といった形で、この共益資本主義の精神は活かされています。自社だけが儲かれば良いという発想ではなく、関わる全ての人々との良好な関係を築き、共に発展していく視点が求められます。
<明日からできる「論語と算盤」的アクション>
- 自分の仕事が、顧客や取引先、同僚、社会に対してどのような「益」をもたらしているか意識し、その繋がりを一つでも多く見つけてみる。
ポイント3:公益を追求し、社会課題の解決に貢献する
渋沢栄一の活動は、企業経営だけに留まりませんでした。彼は生涯を通じて約600もの社会公共事業(教育機関、福祉施設、医療機関、国際交流団体など)の設立・運営に深く関与しました。これは、企業の利益の一部を社会に還元するという考えを超え、事業活動そのものが社会課題の解決に繋がり、「公益」を追求すべきであるという強い信念に基づいています。
「一身一家の富を計る者は小なり。天下国家の経営を計る者は大なり。」
この言葉には、私的な利益(私益)よりも公的な利益(公益)を優先する彼の姿勢が明確に示されています。東京市養育院(現・東京都健康長寿医療センター)の院長を無給で長年務めたことや、日本赤十字社の設立支援、一橋大学や日本女子大学といった多くの教育機関の創設に関わったことは、その代表例です。
<現代ビジネスへの応用・学ぶべき点>
渋沢のこの精神は、まさに現代のSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みや、社会課題解決を事業の中核に据えるソーシャルビジネス、そして企業の積極的なCSR活動の先駆けと言えるでしょう。企業が持つリソースや技術、ノウハウを活かして社会課題解決に貢献することは、企業の持続可能性を高め、社会からの信頼を得る上で不可欠です。
<明日からできる「論語と算盤」的アクション>
- 自社の事業や個人のスキルを通じて、貢献できる身近な社会課題(地域の清掃活動、NPOへの寄付やボランティアなど)がないか探し、小さな一歩を踏み出してみる。
ポイント4:常に変化に対応し、未来を見据えた革新を続ける
渋沢栄一が生きた時代は、幕末から明治、大正へと続く激動の時代でした。彼はその変化の波を見事に乗りこなし、常に未来を見据えて新しい事業や社会システムを導入しました。その根底には、旧弊にとらわれず、良いものは積極的に取り入れるという柔軟な思考と革新性がありました。
幕臣としてパリ万国博覧会に派遣された経験は、彼に西洋の進んだ文明や産業、経済システムを目の当たりにさせ、その後の日本の近代化に必要な知識とビジョンを与えました。帰国後、彼はその知見を活かしつつも、日本の実情に合わせて様々な制度や事業をローカライズして導入しました。これは、単なる模倣ではなく、本質を理解した上での創造的な適応と言えます。
<現代ビジネスへの応用・学ぶべき点>
変化のスピードが速く、不確実性の高い現代において、渋沢のこの姿勢は極めて重要です。デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、新しいビジネスモデルへの挑戦、アジャイルな組織運営、そして何よりも現状に満足せず常に学び続ける姿勢が、企業と個人の成長には不可欠です。長期的な視点を持ち、社会の変化を先読みする洞察力も求められます。
<明日からできる「論語と算盤」的アクション>
- 普段読まない分野のニュースや書籍に触れたり、異業種の人と話す機会を作ったりして、新しい視点や情報を取り入れ、固定観念を揺さぶってみる。
ポイント5:人材育成こそが国と企業を発展させる礎である
渋沢栄一は、日本の近代化と経済発展のためには、それを担う人材の育成が最も重要であると考えていました。どんなに優れた制度や技術があっても、それを活かす「人」がいなければ意味がないからです。彼は、実業教育の必要性を痛感し、商法講習所(現・一橋大学)や大倉商業学校(現・東京経済大学)、二松學舍(現・二松學舍大学)など、多くの学校の設立や運営を支援しました。
「事業の成功も失敗も、畢竟(ひっきょう)するところ人に帰する」
この言葉は、経営における人材の重要性を端的に示しています。彼は、単に知識や技術を教えるだけでなく、「論語」を通じて道徳心や人間性を涵養することにも重きを置きました。これからの日本を担う若者たちが、高い倫理観と専門知識を兼ね備えることを願っていたのです。
<現代ビジネスへの応用・学ぶべき点>
企業における社員教育や研修制度の充実、OJTによる次世代リーダーの育成、従業員のリスキリングやアップスキリング支援、そして多様なバックグラウンドを持つ人材が活躍できるダイバーシティ&インクルージョンの推進は、まさにこの渋沢の精神に通じます。人を大切にし、その成長を支援することが、企業の持続的な発展の鍵となります。
<明日からできる「論語と算盤」的アクション>
- 部下や後輩、あるいは同僚の「良いところ」を一つ見つけて具体的に伝え、その人の成長を意識的にサポートする言葉をかけてみる。
渋沢栄一の思想が現代に問いかけるもの
渋沢栄一が「論語と算盤」の思想を掲げてから100年以上が経過した現代。私たちは、行き過ぎた利益至上主義や短期的な成果主義がもたらす様々な社会課題に直面しています。地球環境問題、格差の拡大、働き方の歪み――これらは、どこかで「算盤」が「論語」を置き去りにしてしまった結果ではないでしょうか。
渋沢の思想は、私たちに「企業は何のために存在するのか」「真の豊かさとは何か」という根源的な問いを投げかけています。それは、単に経済的な数値だけでなく、人々の幸福や社会全体の持続可能性を含めた、より包括的な価値観への転換を促すものです。彼のいう「公益」は、現代の言葉で言えば「パーパス(存在意義)」や「サステナビリティ」と言い換えることができるでしょう。
結論:未来を照らす「論語と算盤」の叡智
渋沢栄一の「論語と算盤」という経営哲学は、一世紀以上の時を超えて、なお現代に生きる私たちに多くの示唆を与えてくれます。道徳に基づいた経済活動、全てのステークホルダーとの共存共栄、社会課題解決への貢献、変化への適応と革新、そして未来を担う人材の育成――これらは、ESG経営やSDGsが重視される現代において、ますますその重要性を増している普遍的な原理原則です。
「渋沢栄一のような偉大な人物だからできたことだ」と考えるのは簡単です。しかし、彼が示した道は、決して一部のリーダーだけのものではありません。私たち一人ひとりが、日々の仕事の中で「論語」すなわち倫理観や社会貢献の意識を持ち、「算盤」すなわち経済合理性や効率性と調和させようと努めること。その小さな積み重ねが、より良い社会と持続可能な企業の未来を築く大きな力となるはずです。
この記事が、皆さまにとって渋沢栄一の叡智に触れ、自らのビジネスや働き方を見つめ直し、そして明日からの行動を変えるための一助となれば幸いです。まずは、あなたの会社の「パーパス」とは何か、そしてその実現のために、今日、何ができるか、チームで話し合うことから始めてみてはいかがでしょうか。