「叱るのが怖い」を卒業!パワハラにならずに”行動”だけを変える【フィードバック構文】

間違いやすい敬語シリーズ

部下のミスや、チームの輪を乱す言動を目の当たりにしたとき、本来であればリーダーとして注意をしなければなりません。しかし、現代のマネジャーの多くが「これを言ったらパワハラになるのではないか」「部下に嫌われて関係が悪化するのが怖い」「今の若手はメンタルが弱いから、叱ったら辞めてしまうかもしれない」という恐怖を抱えています。

その結果、伝えるべきことを飲み込み、リーダー自身が尻拭いをしたり、チーム全体の規律が緩んでしまったりするケースが後を絶ちません。しかし、問題のある行動を放置することは、部下本人の成長機会を奪い、周囲の優秀なメンバーのモチベーションを下げるという、最悪の結果を招きます。

大切なのは、感情的に「叱る」ことではなく、論理的に「フィードバック」することです。この記事では、人格を否定せず、相手の感情を逆なでせず、それでいて確実に「行動」だけを変えてもらうための具体的な思考法と、そのまま使えるフィードバックの構文を徹底的に解説します。約5000文字のボリュームで、あなたの「叱る恐怖」を「育てる自信」へと変えていきます。

第1章:なぜ「叱る」のが怖いのか?現代のリーダーが抱える呪縛

部下を注意することに抵抗を感じるのは、あなたがリーダーとして未熟だからではありません。むしろ、周囲への配慮ができる優しい性格だからこそ生じる悩みです。まずは、その心理的背景を整理しましょう。

パワハラ・ハラスメントへの過度な恐怖

厚生労働省のガイドラインが浸透し、ハラスメントに対する意識が高まる中で、「強い言葉=悪」という認識が強まりました。何がパワハラに該当し、何が正当な指導なのかの境界線が曖昧なため、多くのリーダーが安全策として「何も言わない」ことを選んでしまっています。

嫌われることへの心理的抵抗

SNS時代のリーダーは、かつてのような絶対的な権威ではなく、チームの伴走者としての役割を求められます。部下と良好な関係を築きたいという願いが、厳しい指摘をすることを躊躇させます。嫌われたくないという思いが、リーダーとしての義務を上回ってしまう状態です。

叱る=感情のぶつけ合いという誤解

多くの人が、叱るという行為を、怒鳴る、詰める、圧をかけるといった、昭和的な高圧的コミュニケーションと結びつけて考えています。しかし、現代のビジネスシーンで求められるのは、感情の放流ではなく、情報の共有です。

第2章:パワハラにならないための絶対条件「行動へのフォーカス」

パワハラと正当な指導の決定的な違いは、指摘の対象が「人」にあるのか、それとも「行動」にあるのかという点に集約されます。ここを切り分けることができれば、叱る恐怖の8割は解消されます。

人格否定(You)から行動指摘(Behavior)へ

不適切な指摘の例として、「君はいつもやる気がない」「責任感がない」「だらしない」といった表現があります。これらはすべて、相手の性格や人格そのものを否定する言葉です。これを言われた相手は、自分自身の存在を否定されたと感じ、強い反発や深い傷を負います。これがパワハラの種となります。

一方で、正しいフィードバックは行動(Behavior)のみを対象にします。「締め切りを3時間過ぎている」「会議中に5回スマホを見ていた」「メールの返信が24時間以上滞っている」というように、ビデオカメラに映る具体的な動作や事実だけを指摘するのです。

形容詞を排除し、名詞と動詞で語る

「もっと主体的に」とか「丁寧に」といった形容詞や副詞は、人によって解釈が異なります。解釈のズレは不満を生みます。フィードバックの際は、具体的な回数、時間、手順などの名詞と動詞を使いましょう。事実であれば、相手も否定のしようがなく、感情論に発展しにくくなります。

第3章:行動を変える最強のフレームワーク「SBIモデル」

何を言えばいいか迷ったときに、頭の中に置いておくべき構文があります。それが、心理学やコーチングの分野で活用される「SBIモデル」です。

S:Situation(シチュエーション/状況)

いつ、どこでの出来事かを明確にします。曖昧な指摘を避けるための舞台設定です。

例:「今日の午前10時からの企画会議において……」

B:Behavior(ビヘイビア/具体的な行動)

実際に相手がとった行動、発した言葉、数値的な事実を伝えます。ここでは評価や主観を入れません。

例:「他のメンバーがプレゼンをしている最中、3分間にわたり下を向いてスマホを操作していましたね」

I:Impact(インパクト/影響)

その行動によって、チームや仕事、そしてリーダーであるあなた自身がどのような影響を受けたか、どう感じたかを伝えます。

例:「それを見ていた発表者は、自分の話に興味を持たれていないと感じて、後半の活気がなくなってしまいました。私も、チームの士気が下がるのではないかと懸念しています」

このSBIモデルに沿って話せば、相手を攻撃することなく、客観的な事実とその結果を突きつけることができます。相手は「怒られた」のではなく「自分の行動が招いた結果を報告された」と受け止めるため、納得感が格段に高まります。

第4章:部下のタイプ別・そのまま使えるフィードバック例文集

SBIモデルをベースに、よくある困ったシチュエーション別の例文を見ていきましょう。

ケース1:遅刻や締め切り遅れが目立つ部下へ

NG:「だらしないぞ。社会人としての自覚を持て」

OK(フィードバック構文):

「今週、火曜日と木曜日の朝、始業時間を15分過ぎてデスクに着きましたね(S/B)。それによって、朝の進捗確認の時間が短縮され、チームの作業開始が遅れてしまいました(I)。〇〇さんの正確な仕事は頼りにしているので、朝のスタートが遅れるのは非常にもったいないと感じています。改善のために何か手助けできることはありますか?」

ケース2:ミスを隠したり、報告が遅かったりする部下へ

NG:「なんで早く言わなかったんだ! 責任感がなさすぎる」

OK(フィードバック構文):

「昨日発生したシステムエラーの報告が、発生から4時間後の夕方になりましたね(S/B)。その結果、お客様への初動対応が遅れ、不信感を招いてしまいました(I)。私は〇〇さんを信頼して任せているからこそ、トラブルのときこそ一番に相談してほしいと考えています。次はどうすれば早く共有できそうですか?」

ケース3:会議での態度が悪く、周囲に悪影響を与えている部下へ

NG:「やる気がないなら出て行け。態度が悪すぎるぞ」

OK(フィードバック構文):

「今日の定例会議で、腕を組んで深い溜息を何度かついていましたね(S/B)。それによって、発言を控えてしまった若手メンバーが複数いましたし、私自身も議論を歓迎されていないように感じて悲しかったです(I)。〇〇さんの鋭い意見はチームに不可欠なので、ぜひポジティブな形で発揮してほしいのですが、何か不満や改善案はありますか?」

第5章:感情を味方につける「アイ・メッセージ(I Message)」の技術

SBIモデルの「Impact」の部分をより強化するのが、「アイ・メッセージ」という手法です。これは、主語を「あなた(You)」ではなく「私(I)」にして語る方法です。

Youメッセージの危険性

「(あなたは)なぜこんなことをしたんだ」「(お前は)いつもそうだ」というYouメッセージは、相手に対する裁判官のような断罪の響きを持ちます。これは相手を萎縮させ、心を閉ざさせます。

アイ・メッセージの柔らかさと強さ

「(私は)悲しい」「(私は)困っている」「(私は)心配している」「(私は)助けてほしい」。自分の感情を主語にすると、それは単なる「主観的な事実」の表明になります。他人の感情そのものを否定することは難しいため、相手は素直に「そんな思いをさせていたのか」と受け止めやすくなります。

例:「君がミスをしたから、私はフォローで大変なんだ(Youメッセージ的)」

言い換え:「ミスが重なると、私はチーム全体の納期が守れるか非常に不安な気持ちになります。あなたの力を最大限に発揮してほしいと願っているからこそ、この状況を心苦しく思っています(アイ・メッセージ)」

第6章:フィードバックの「場所・タイミング・頻度」の黄金律

どんなに優れた構文を使っても、環境やタイミングを間違えれば効果は半減、あるいは逆効果になります。以下のルールを徹底してください。

叱るのは「一対一」、褒めるのは「大勢の前」

他人の目がある場所での注意は、それだけでハラスメントのリスクを高めます。相手の羞恥心を煽る行為は教育ではありません。必ず個室や、オンラインであれば一対一の会議を設定しましょう。

鉄は熱いうちに打つ(即時性)

一週間前の行動を持ち出されても、相手は記憶が薄れており、納得感が得られません。「あの時、こうだったよね」と、記憶が鮮明なうちに伝えるのが鉄則です。理想は、その日のうち、遅くとも翌日です。

ネガティブ1に対してポジティブ3の割合

フィードバックを注意専用の道具にしてはいけません。日頃から、良い行動に対してもSBIモデルでフィードバックを行います。「今日の資料作成のあの図解(B)、非常に分かりやすくて(I)、お客様も喜んでいましたよ(I)」といった肯定的な関わりが貯金となり、いざ厳しい指摘をしたときも「自分のことを正当に見てくれている上司の言葉」として届くようになります。

第7章:部下の「反論」や「沈黙」にどう対処するか

フィードバックを伝えた後、相手が素直に「分かりました」と言わないこともあります。その際の立ち振る舞いこそが、リーダーの腕の見せどころです。

反論が来た場合:まずは「受容」する

「でも、それは〇〇さんのせいで……」と反論が来ても、すぐに否定してはいけません。「なるほど、〇〇さんはそう感じたのですね」と一度受け止めます。受容は同意ではありません。相手の言い分を聞くスペースを作ることで、ようやく相手もこちらの言葉を聴く準備が整います。その上で、「事情は分かりました。ただ、今回とった行動の結果、周囲にこの影響が出た事実は変わりません。次はどう改善しましょうか」と、行動と影響の議論に引き戻します。

沈黙した場合:待つ勇気を持つ

指摘を受けた後、部下が黙り込んでしまうことがあります。気まずさに耐えられず、リーダーが「分かったならいいんだよ」と話を切り上げてはいけません。沈黙は、相手の頭の中で思考が動いている証拠です。10秒、20秒とじっと待ち、「今、どう感じていますか?」と優しく促してください。自分の口から改善を誓わせることが、行動変容への第一歩です。

まとめ:「叱る」を「未来への投資」に書き換える

リーダーにとって、部下の行動を正すことは、勇気のいる仕事です。しかし、SBIモデルやアイ・メッセージという武器を手にすれば、それは感情的な衝突ではなく、建設的な「未来への投資」に変わります。

パワハラを恐れて何も言わないことは、部下を見捨てているのと同じです。あなたが誠実に、事実に基づいたフィードバックを続けることで、チームには信頼関係が築かれ、メンバーは安心して挑戦できるようになります。叱るのが怖いという感情は、あなたが相手を大切に思っている証拠。その優しさを、正しい「伝え方の技術」で包んで届けてあげてください。

まずは今日、小さな事実を一つ、SBIモデルで伝えてみることから始めてみましょう。あなたのその一歩が、チームの空気を劇的に変えていくはずです。
この記事を読んでいただきありがとうございました。

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