上司からの指示に対して、あなたが反射的に返しているその言葉。
「了解です!」
「承知です。」
送信ボタンを押した直後、「あれ? 目上の人に『了解』は失礼だったっけ?」「『承知です』って日本語として変じゃないか?」と、ふと不安になった経験はありませんか?
ビジネス敬語の世界には、数多くの「マナー警察」が存在します。特にこの「了解 vs 承知」論争は、新入社員研修で必ず取り上げられるテーマでありながら、ベテラン社員の間でも解釈が割れる、非常に厄介なグレーゾーンです。
「言葉は生き物」と言われる通り、正解は時代とともに変化します。しかし、ビジネスにおいて最も重要なのは「国語的な正しさ」よりも、「相手を不快にさせない(リスクを回避する)」ことです。
この記事では、曖昧になりがちな「了解」と「承知」の境界線を明確にし、さらに「かしこまりました」やお辞儀のスタンプまで含めた、現代ビジネスにおける「返事の最適解」を徹底解説します。
これを読めば、もう二度と、返信の言葉選びで指が止まることはなくなるはずです。
結論:上司・取引先には「承知いたしました」が最強
まず、5000文字の解説を読む時間がない多忙な方のために、結論から申し上げます。
迷ったら、「承知いたしました(承知しました)」を使ってください。これがビジネスにおける「黄金のアンサー」です。
- 了解いたしました:マナー違反と捉える人が一定数いるため、目上には避けるのが無難。
- 承知いたしました:誰に対しても使える、最も安全でミスのない表現。
- かしこまりました:お客様や、かなり目上の相手に対する最上級の表現。
では、なぜ「了解」が危険視され、「承知」が推奨されるのか。そして最近よく耳にする「承知です(”いたしました”を省略する形)」は許されるのか。ここから詳しく解剖していきましょう。
1. 「了解です」が目上にNGとされる本当の理由
「了解いたしました」や「了解です」。
日常会話やドラマ、あるいは警察や軍隊を描いた映画などでは頻繁に耳にします。「ラジャー(Roger)」の訳語として定着していることもあり、キビキビとしたカッコいい響きがあります。
辞書的な意味を見ても、「了解」は「事情を思いやって納得すること」「理解すること」であり、本来は決して失礼な言葉ではありません。
しかし、なぜビジネスマナーの世界では「目上への使用はNG」というレッテルを貼られているのでしょうか。
「了解」には「敬意」が含まれていない
最大の理由は、言葉の構造にあります。
「了解」という熟語は、「完了」の「了」と、「解釈」の「解」で成り立っています。つまり、「あなたの言った内容を理解し、その処理を完了した」という、あくまで「事実確認」のニュアンスが強い言葉なのです。
そこには、「あなたの命令を謹んでお受けします」という、相手を敬う(へりくだる)要素が含まれていません。
そのため、部下が上司に対して「了解です」と言うと、受け取る側によっては「『分かった』と対等な立場で言われた」「単なる検収印を押された」ような、事務的で冷たい印象、あるいは上から目線の印象を持ってしまうのです。
「許可」のニュアンスが含まれるリスク
さらに、「了解」には「承認する」という意味も含まれます。
例えば、「その件、了解した(許可した)」のように、権限を持つ者が下の者の申し出を受け入れる際に使われるケースも多い言葉です。このため、目上の人に対して使うと、「部下のくせに私の指示を『承認』するのか?」という無意識の反発を招く恐れがあります。
もちろん、最近では「了解いたしました」と言えば十分に丁寧だと感じる若手〜中堅層も増えています。しかし、ビジネスは「自分はどう思うか」ではなく「相手がどう受け取るか」が全てです。60代以上の役員や、マナーに厳しい取引先の中には、「了解」と言われた瞬間に顔をしかめる人がまだ確実に存在します。
不要なリスクを避けるためにも、目上の相手には「了解」を封印するのが賢明な戦略と言えるでしょう。
2. なぜ「承知いたしました」が正解なのか?
一方で、推奨される「承知」はどうでしょうか。
「承知」は、「承る(うけたまわる)」と「知る」で構成されています。「承る」は「受ける」「聞く」の謙譲語です。
つまり、「承知」という言葉自体に、すでに「謹んで聞く」という謙譲(へりくだり)の意味が内包されているのです。
「承知いたしました」と言うだけで、「あなたの言葉を謹んでお聞きし、内容を理解しました」という、相手を立てるメッセージが自動的に伝わります。これが、ビジネスシーンで「承知」が好まれる決定的な理由です。
「承知です」は正しい日本語か?
ここで一つ、現代特有の問題が出てきます。「承知いたしました」を短縮した「承知です」という表現です。
チャットツールなどの普及により、スピード感が求められる中で「承知です」と返す人が増えています。これはマナーとして許されるのでしょうか?
結論から言うと、「文法的には不自然だが、許容範囲内。ただし相手を選ぶ」となります。
【文法的な違和感】
「承知」は動作を表す名詞です。これに丁寧語の「です」を直接つけるのは、「食事です」「散歩です」と言うのと同じような構造になり、動詞としての「受け入れた」という完了のニュアンスが弱くなります。「承知しました(いたしました)」と動詞化するのが本来の正しい形です。
【ビジネス現場での許容度】
とはいえ、SlackやTeams、LINE WORKSなどのチャット文化においては、「承知いたしました」と打つのは堅苦しく、時間もかかると敬遠されがちです。
そのため、社内の直属の上司や先輩に対してであれば、「承知です」はスピード感のある返事として広く受け入れられています。しかし、お客様や役員クラスに対しては、やはり「承知いたしました」と略さずに書くべきです。
「承知です」は、あくまで「社内・チーム内限定の準・敬語」と認識しておきましょう。
3. 最上級の敬意「かしこまりました」の使いどころ
「承知いたしました」よりも、さらに丁寧で、相手への絶対的な服従や敬意を示す言葉があります。それが「かしこまりました」です。
漢字で書くと「畏まりました」。「畏(おそ)れる」という字が使われている通り、本来は「高貴な人の前で、恐れ多くて身を縮める」という意味がありました。
そこから転じて、「謹んで命令をお受けします」という意味で使われます。
お客様には「承知」より「かしこまり」
上司に対して「かしこまりました」と言うと、少し仰々しく、距離感を感じさせてしまうことがあります(執事が主人に仕えるようなイメージです)。
しかし、お客様(取引先)に対してはベストな選択です。
「承知いたしました」は「理解した・引き受けた」というニュアンスですが、「かしこまりました」には「あなたのオーダーを確実に遂行します」という強いサービス精神や忠誠心が宿ります。
・上司からの指示:「承知いたしました」
・お客様からの注文・依頼:「かしこまりました」
この使い分けができると、一目置かれるビジネスパーソンになれます。
4. 相手とシーン別「返事の使い分けマトリクス」
ここまで紹介した言葉を、実際のビジネスシーンでどのように使い分けるべきか。迷った時にすぐ使えるマトリクス(早見表)を作成しました。
【対面・電話・メール】(フォーマル)
| 相手 | 推奨フレーズ | NG / 注意 |
|---|---|---|
| お客様・取引先 | かしこまりました
承知いたしました |
了解いたしました
承知です |
| 社長・役員 | 承知いたしました
かしこまりました |
了解です
分かりました |
| 直属の上司 | 承知いたしました
承知しました |
了解です
(関係性による) |
| 同僚・部下 | 了解です
分かりました 承知しました |
特になし
(丁寧すぎると壁を感じる) |
【チャットツール】(Slack, Teams, LINE WORKS等)
チャットは「会話」に近いツールですが、文字として残るため、独自のマナーが存在します。
- 対 社長・役員:チャットであっても略さず「承知いたしました」が無難です。アイコンやスタンプのみの返信は避けた方が安全です。
- 対 直属の上司・先輩:「承知しました」「承知です」が一般的です。 関係性が築けていれば、「了解です」でも問題ないケースが多いですが、最初は「承知」で様子を見るのが賢明です。 また、「お辞儀スタンプ」や「了解スタンプ」を併用することで、言葉の硬さを和らげるテクニックも有効です。
- 対 同僚・チームメンバー:「了解です」「りょ(極めて親しい場合)」など、スピード重視でOKです。 ここでは逆に「承知いたしました」を使うと、「堅苦しい」「怒ってる?」と勘違いされる可能性があります。
5. 「了解」を使ってしまった時のリカバリー術
「しまった! 部長へのメールで『了解いたしました』と送ってしまった……」
後から気づいて青ざめることもあるでしょう。しかし、焦る必要はありません。「了解いたしました」は、あくまで「好ましくない」とされるだけであり、致命的な失礼(タメ口や罵倒など)ではありません。
もし気にする上司であれば、次回の返信や対面時に、さりげなく修正すれば良いのです。
「先ほどは失礼しました。指示いただいた件、確かに承りました。すぐに着手いたします。」
このように、「承りました」や「かしこまりました」を次のタイミングで使うことで、「私は正しい言葉も知っています」という姿勢を示せば、評価はすぐに回復します。
最も良くないのは、「間違った言葉を使ってしまったから」といって萎縮し、報連相が遅れることです。言葉遣いよりも、仕事のスピードと質の方が優先されることを忘れないでください。
6. 英語での「了解・承知」はどうなる?
グローバルな環境や、外資系企業ではどうでしょうか。
英語には、日本の敬語のような厳密な上下関係の区分けはありませんが、丁寧さの度合い(Formality)は存在します。
- Noted.(確認しました)→ 日本語の「了解」に近く、やや事務的。上司に使ってもOKだが、少しぶっきらぼうに響くことも。
- Understood. / Well noted.(理解しました)→ 「承知しました」に近い標準的な表現。
- Certainly. / Absolutely.(承知いたしました/かしこまりました)→ お客様や上司の依頼に対して「もちろんです(喜んでやります)」というニュアンスを含む、非常にポジティブで丁寧な表現。
英語圏でも、単に「OK」と返すより、「Certainly」と返す方がプロフェッショナルな印象を与えます。本質は日本語と同じで、相手への「協力の姿勢」を示すことが重要なのです。
7. まとめ:言葉選びは「防御力」である
「承知」と「了解」。
たった二文字の違いですが、そこにはビジネスにおけるリスク管理の本質が詰まっています。
「マナーなんて形式だけでしょ?」「意味が通じればいいじゃないか」と考える人もいるかもしれません。
しかし、ビジネス敬語の正体とは、「相手に攻撃材料を与えないための防御壁」です。
もし仕事でミスをした時、普段から「承知いたしました」と丁寧な言葉を使っている人と、「了解っす」とフランクな言葉を使っている人。どちらが許されやすいでしょうか? あるいは、どちらが「誠実に反省している」と見えるでしょうか?
答えは明白です。
正しい敬語は、あなたの仕事の能力を底上げし、万が一の時にあなたを守ってくれる保険となります。
明日からの返信は、迷わず「承知いたしました」。
この一言を習慣にするだけで、あなたのビジネスパーソンとしての信頼度(防御力)は、確実にレベルアップするはずです。
この記事を読んでいただきありがとうございました。