メールや手紙の結びの言葉として、相手の健康を気遣う一文を添える。
これは、相手を大切に思う気持ちを伝える、日本人らしい美しい習慣です。あなたも、こんなフレーズを使ったことがあるのではないでしょうか。
「季節の変わり目ですので、お体にお気をつけて。」
非常に優しく、思いやりのある言葉です。日常会話や親しい間柄であれば、これで十分に気持ちは伝わります。
しかし、ビジネスの公式なメールや、目上の方に対する手紙において、この「お体にお気をつけて」という表現は、時として「マナー違反」や「言葉足らず」と受け取られてしまうリスクがあることをご存知でしょうか。
「えっ、ずっと使っていたけれど、失礼だったの?」と不安になった方もいるかもしれません。ご安心ください。これは「間違い」というよりは、「もっと適した大人の表現がある」というレベルの話です。
ただ、言葉のニュアンスを正しく理解し、状況に合わせて表現をアップデートすることができれば、あなたのメールは単なる連絡ツールから、相手の心を温める「贈り物」へと変わります。
この記事では、無意識に使っている「お体にお気をつけて」の落とし穴を解説し、春夏秋冬、そして相手の状況に合わせた、洗練された「正しい健康フレーズ」を網羅してご紹介します。
「お体にお気をつけて」が抱える3つの違和感
具体的な言い換えフレーズを見る前に、なぜ「お体にお気をつけて」がビジネスシーンで推奨されないのか、その理由を言語的な視点から紐解いてみましょう。
1. 文章として「完結」していない
最大の問題点は、文法的な「省略」です。
「お気をつけて」は、「お気をつけてください」の「ください」を省略した形です。友人や家族であれば「気をつけてね」で通じますが、目上の方や取引先に対して語尾を省略するのは、敬語として不適切(タメ口に近いニュアンス)と捉えられることがあります。
使うのであれば、最低でも「お体にお気をつけてお過ごしください」や「お体にお気をつけてください」と、最後まで文章を結ぶ必要があります。
2. 「気をつける」という言葉の持つニュアンス
「気をつける」には、「注意する」「警戒する」という意味が含まれます。「車に気をつける」「足元に気をつける」といった具合です。
これを健康に対して使うと、「病気にならないように注意しろ(管理しろ)」という、少し指示的・命令的な響きを帯びることがあります。目上の方に対して「体調管理をしっかりしてくださいね」と言うのは、少し僭越(せんえつ)な印象を与えかねません。
より上品なのは、「注意してね」ではなく、「大切にしてください(いたわってください)」というニュアンスを持つ言葉を選ぶことです。
3. 「お体」の重複問題
また、よくある間違いとして「お体をご自愛ください」という表現があります。
後述しますが、「自愛」という言葉にはすでに「自分の体(自)を大切にする(愛)」という意味が含まれています。そのため、「お体を」をつけると「馬から落馬する」のような二重表現になってしまいます。
このように、健康を気遣うフレーズには意外な落とし穴が多く潜んでいるのです。
ビジネスの王道!「ご自愛ください」の正しい使い方
では、ビジネスシーンで最も適切で、洗練された表現は何でしょうか。
その答えこそが、「ご自愛(じあい)ください」です。
「ご自愛」の意味と効果
「ご自愛ください」は、「あなた自身を大切になさってください」「ご自身の健康状態を大切にしてください」という意味を持つ、手紙やメールの結び言葉の定型句です。
この言葉の素晴らしい点は、短く簡潔でありながら、相手への敬意と深い配慮が込められていることです。「気をつけて」のような命令的なニュアンスはなく、「どうか無理をなさらず、自分を大切に」という優しい願いが込められています。
【鉄則】「お体を」は付けない
先ほども触れましたが、最も注意すべきポイントです。
- NG:「季節の変わり目ですので、お体をご自愛ください。」
- OK:「季節の変わり目ですので、何卒ご自愛ください。」
- OK:「寒暖差の激しい折、くれぐれもご自愛ください。」
「お体を」と言いたくなったときは、「何卒(なにとぞ)」や「くれぐれも」といった強調の副詞に置き換えると、文章のリズムが良くなり、より丁寧な印象になります。
【注意】すでに体調を崩している人には使わない
「ご自愛ください」は、「(今は元気だけれど)これからも健康でいてくださいね」という予防の挨拶です。
すでに風邪を引いている人や、入院中の人に対して「ご自愛ください」と言うのは不自然です。その場合は、「お大事になさってください」や「一日も早いご回復をお祈り申し上げます」を使います。
【季節別】コピペで使える!洗練された健康フレーズ集
「ご自愛ください」は万能ですが、毎回こればかりでは事務的な印象になってしまいます。
日本のビジネスメールには「季節感」が欠かせません。その時期特有の気候や状況に触れながら相手を気遣うことで、「あなたのことを考えてメールを書いています」という温かみが伝わります。
ここでは、春夏秋冬のシーズンごとに使える、プロの表現をご紹介します。
【春】変化と始まりの季節(3月〜5月)
春は寒暖差が激しく、新年度の忙しさも相まって体調を崩しやすい時期です。「花冷え」や「新生活」をキーワードにします。
- 3月(寒暖差):「三寒四温の折、体調を崩されませぬようご自愛ください。」
- 4月(花冷え):「花冷えの時節柄、風邪など召されませぬようお気をつけください。」
- 5月(新生活の疲れ):「新年度のお疲れが出る頃とは存じますが、無理をなさらないようご自愛ください。」
ポイント:
「風邪など召されませぬよう」は、「風邪を引かないように」の非常に丁寧な表現です。
【夏】暑さと冷房への気遣い(6月〜8月)
猛暑や冷房病など、夏特有の過酷さを労わります。
- 6月(梅雨):「梅雨冷えの肌寒い日もございます。お風邪など召されませぬようご自愛ください。」
- 7月(猛暑):「酷暑の折、熱中症にはくれぐれもお気をつけください。」
- 8月(残暑):「立秋とは名ばかりの暑さが続きますが、夏の疲れが出ませんようお祈り申し上げます。」
ポイント:
冷房が効いたオフィスワークの方には、「外の暑さと室内の冷えで体調を崩されませんよう」といった具体的な気遣いも喜ばれます。
【秋】涼しさと夜長の季節(9月〜11月)
急に涼しくなる秋は、夏の疲れが出る時期でもあります。
- 9月(季節の変わり目):「朝夕はだいぶ涼しくなってまいりました。夏の疲れが出ませんよう、ご自愛ください。」
- 10月(秋冷):「秋冷の折、体調を崩されませぬよう、温かくしてお過ごしください。」
- 11月(冬の足音):「向寒の折、風邪など召されませぬよう、くれぐれもご自愛ください。」
ポイント:
「向寒(こうかん)の折」は「これから寒くなりますが」という意味の美しい日本語です。
【冬】寒さと忙しさの季節(12月〜2月)
一年で最も体調管理が難しい時期です。寒さだけでなく、路面の凍結(足元)や年末の多忙さにも触れます。
- 12月(年末の多忙):「師走の多忙な時期とは存じますが、何卒ご無理をなさいませんようお祈り申し上げます。」
- 1月(厳寒):「寒の入りとなり、寒さも一段と厳しくなってまいりました。どうぞご自愛ください。」
- 2月(余寒):「余寒なお厳しき折、皆様の健康を心よりお祈り申し上げます。」
ポイント:
年末年始は「飲み会」なども増えるため、親しい間柄なら「胃腸もお疲れが出る頃かと思いますが」といった少し砕けた表現も、親近感が湧きます。
【相手別・状況別】さらに一歩踏み込んだ気遣いテクニック
季節だけでなく、相手との関係性や、相手が置かれている状況に合わせて言葉を選ぶと、より「パーソナルな気遣い」になります。
1. 相手が「超多忙」だと分かっている場合
プロジェクトの納期前や、決算期など、相手が無理をしていることが明白な場合。「頑張れ」と言うのではなく、「休んでほしい」という気持ちを伝えます。
- 「ご多忙の日々とは存じますが、どうかご無理をなさいませんように。」
- 「お忙しいとは存じますが、休息の時間も大切になさってください。」
- 「心身ともにお疲れが出ませんよう、くれぐれもお体をおいといください。」
※「おいとい(厭い)」は「いたわる」「大事にする」という意味の大和言葉です。非常に上品で柔らかい響きがあるため、女性が使うのにも適しています。
2. 相手が高齢の方、または目上の方の場合
より格式高く、相手の長寿や健康を願う言葉を選びます。
- 「〇〇様のご健康とご多幸を、心よりお祈り申し上げます。」
- 「末筆ながら、皆様のご健勝をお祈り申し上げます。」
- 「寒さ厳しき折、何卒お体をお大切になさってください。」
「ご健勝(けんしょう)」は、相手が健康であることを祝う・祈る言葉で、ビジネス文書の結びとして最適です。
3. 親しい間柄(同僚・チームメンバー)の場合
堅苦しい敬語はかえって距離を感じさせます。少し崩した表現で、仲間意識を伝えましょう。
- 「最近急に寒くなったから、暖かくして寝てね!」
- 「プロジェクトも佳境だけど、ちゃんと食べて、ちゃんと寝よう!」
- 「無理しすぎないように。体調第一でいきましょう。」
こうしたフランクな言葉の裏にある「あなたの体が心配だ」というメッセージは、どんな敬語よりも心に響くことがあります。
メールへの組み込み方:「サンドイッチ」の法則
最後に、これらの気遣いフレーズをメールのどこに入れれば最も効果的かをお伝えします。
基本は「結び(最後)」ですが、より印象を強めたい場合は「冒頭(挨拶)」にも入れる「サンドイッチ法」がおすすめです。
構成例
【件名】
次回お打ち合わせの件(株式会社〇〇 佐藤)
【冒頭:季節の挨拶】
〇〇株式会社
田中様
いつも大変お世話になっております。
朝晩はずいぶん涼しくなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
【本文:業務連絡】
(要件を記載)
【結び:気遣いの言葉】
ご多忙の折とは存じますが、ご確認いただけますと幸いです。
季節の変わり目ですので、くれぐれもご自愛ください。
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このように、冒頭で「いかがお過ごしですか(元気ですか?)」と問いかけ、最後に「元気でいてくださいね」と結ぶことで、メール全体が相手への優しさで包まれます。
特に、要件が事務的なものや、少し言いづらい依頼(督促など)である場合こそ、この「気遣いのサンドイッチ」が、相手の心理的ハードルを下げる緩衝材として機能します。
まとめ:言葉は「体温」を伝えるツール
「お体にお気をつけて」。
この言葉自体に罪はありません。しかし、私たちはもっと多くの、もっと美しい言葉の引き出しを持っています。
「ご自愛ください」
「お体をおいといください」
「ご無理をなさいませんように」
これらの言葉を状況に合わせて選び取る作業は、相手の顔を思い浮かべ、相手の状況を想像することに他なりません。
「今日は寒かったから、温かくしてほしいな」
「最近忙しそうだから、休んでほしいな」
そんなあなたの心の声(体温)を、適切なフレーズに乗せて届けてみてください。定型文のコピー&ペーストではなく、心からの言葉で結ばれたメールは、必ず相手の心に温かい余韻を残します。
ぜひ、次のメールから、季節と相手に合わせた「あなただけの気遣い」を添えてみてください。
この記事を読んでいただきありがとうございました。