>脱・過剰敬語!「でいらっしゃいます」を自然な表現に置き換える”ワンランク上の”尊敬語テクニック

間違いやすい敬語シリーズ

ビジネスの現場、特にお客様や目上の方と接する場面で、こんな話し方をしてしまってはいませんか?

「田中様でいらっしゃいますね。」

「こちらは新製品でいらっしゃいます。」

「明日はご在宅でいらっしゃいますか?」

相手に失礼があってはいけない、最大限の敬意を払いたい。そう思うあまり、語尾にどうしても「いらっしゃいます」をつけてしまう。その気持ち、痛いほどよく分かります。これは決して間違いではありませんし、文法的に正しい尊敬語です。

しかし、会話のすべての語尾が「〜でいらっしゃいます」で埋め尽くされてしまうと、聞いている相手はどう感じるでしょうか。おそらく、「なんだか慇懃(いんぎん)だな」「距離を感じるな」「マニュアルを読んでいるみたいだな」という印象を持たれてしまうことが多いのです。

真の「大人の敬語」とは、ただひたすらに言葉を飾り立てることではありません。相手が心地よく、自然体で話せる空気を作ることこそが、プロフェッショナルなマナーと言えます。

この記事では、ついつい使いすぎてしまう「でいらっしゃいます」を卒業し、相手への敬意を保ちながらも、もっとスマートで親しみやすい表現に言い換える「引き算のテクニック」をご紹介します。

なぜ「でいらっしゃいます」は多用するとNGなのか?

具体的な言い換え術に入る前に、まず「でいらっしゃいます」という言葉が持つニュアンスと、それがコミュニケーションに与える影響について整理しておきましょう。

「壁」を作ってしまう言葉の重み

「いらっしゃいます」は、「いる」「ある」「来る」「行く」の尊敬語であり、非常に格調高い表現です。ホテルの式典や、格式高い旅館の接客など、非日常的な空間ではその重みが心地よく響きます。

しかし、日常のビジネスシーンや商談、あるいは社内の役員との会話でこれを連発すると、言葉の「厚み」がありすぎて、相手との間に見えない壁を作ってしまいます。

「あなたは神様のような高い位置にいる人、私は下界の人間です」

そんなメッセージを無意識に発信してしまっているようなものです。これでは、対等なビジネスパートナーとして信頼関係を築くのが難しくなってしまいます。

自信のなさが透けて見える

また、過剰な敬語は「自信のなさ」の裏返しと受け取られることもあります。「普通に話して失礼になったらどうしよう」という不安から、とりあえず一番丁寧そうな言葉で鎧(よろい)をまとっている状態です。

本当に仕事ができる人や、コミュニケーションに長けた人は、敬語を使いながらも、どこかシンプルで軽やかです。言葉の贅肉(ぜいにく)を削ぎ落とすことで、自分の言葉に自信と説得力を持たせているのです。

基本の「デトックス」:名詞+です・ますへの回帰

それでは、過剰になりがちな「でいらっしゃいます」を、どのようにスリム化していけばよいのでしょうか。まずは基本となる「名詞」に続く言葉の選び方から見ていきましょう。

確認の場面での言い換え

相手の名前や役職を確認する際、最も頻繁に使われるパターンです。

NG(過剰):「田中様でいらっしゃいますか?」
OK(自然):「田中様ですね?」

「えっ、『ですね』でいいの?」と不安になるかもしれません。しかし、直前に「様」をつけて相手を立てているので、語尾は丁寧語の「です」で十分敬意は伝わります。

もし、もう少し丁寧さが欲しい場合は、「田中様でございますね?」と丁寧語(丁重語)を使うか、あるいは言葉ではなく「表情」と「声のトーン」で敬意を補うのが上級者のテクニックです。

モノの説明での言い換え

商品や資料を説明する際にも、過剰敬語は発生しがちです。

NG(過剰):「こちらが新しいパンフレットでいらっしゃいます。」
OK(自然):「こちらが新しいパンフレットです。」
OK(より丁寧):「こちらが新しいパンフレットでございます。」

そもそも、尊敬語は「人」や「人の動作・所有物」に対して使うものです。パンフレットという「モノ」自体に「いらっしゃる」を使って高めるのは、文法的にも少し違和感があります(これを「過剰敬語」や「バイト敬語」と呼ぶこともあります)。

モノに対しては、シンプルに「です」、あるいは丁寧な「でございます」を使うのが、最も知的でスマートな表現です。

応用編:動詞に変換して「動き」を出すテクニック

ここからが本題です。「〜でいらっしゃいます」を使いたくなる場面を、別の動詞や尊敬語の形に変換することで、表現のバリエーションを広げ、より洗練された印象を与えるテクニックをご紹介します。

「状態」ではなく「動作」に着目する

「でいらっしゃる」は、状態を表す言葉です。これを「なさる」などの動作を表す言葉に変えると、会話にリズムが生まれます。

シチュエーション:相手の役職や立場について話す時
  • 過剰:「部長でいらっしゃいますか?」
  • スマート:「部長をなさっているのですか?」

「部長という状態である」と言うよりも、「部長という役割をしている」と表現することで、相手の活動的な側面にスポットを当てることができます。

シチュエーション:相手の持ち物や同伴者について
  • 過剰:「お連れ様でいらっしゃいますか?」
  • スマート:「ご一緒の方ですか?」
  • さらにスマート:「ご同伴の方はお見えになりますか?」

「お見えになる」「お越しになる」といった、別の尊敬語に置き換えることで、「いらっしゃいます」の連呼を避けることができます。

「形容詞+です」を恐れない

相手の状態(忙しい、元気だ、詳しい)を表現する時、どうしても「お忙しいでいらっしゃいますか」と言いたくなりますが、これは非常に回りくどい表現です。

シチュエーション:相手の状況を気遣う時
  • 過剰:「最近、お忙しいでいらっしゃいますか?」
  • スマート:「最近、お忙しいのではありませんか?」
  • シンプル:「最近、お忙しいですか?」

形容詞(忙しい)に「お」をつけて丁寧にし、語尾はシンプルに「ですか」とする。これだけで十分に敬意は伝わります。さらにクッション言葉として「お忙しいところ恐縮ですが」と前置きすれば、語尾を過剰にする必要は全くありません。

上級テクニック:相手の言葉を「言い換えて」返す

会話の中で、「でいらっしゃいます」を使わずに相手を敬う、さらに高度なテクニックがあります。それは、相手の言葉をそのまま復唱するのではなく、適切な敬語に変換して返す方法です。

肯定する時のバリエーション

相手が「私は○○出身なんだよ」と言った時。

  • 過剰:「そうでいらっしゃいますか。」
  • スマート:「さようでございますか。」
  • 共感重視:「○○のご出身なのですね。」

「そうでいらっしゃいますか」は、あまり使われない不自然な日本語です。相槌を打つ時は、自分をへりくだる「さようでございますか」や、相手の言葉を反復する形をとることで、自然な会話のキャッチボールが成立します。

質問を投げかける時のバリエーション

相手の意向を確認したい時。

  • 過剰:「そのプランでご満足でいらっしゃいますか?」
  • スマート:「そのプランでよろしいでしょうか?」
  • より相手視点:「そのプランはお気に召しましたでしょうか?」

「満足か」と聞くよりも、「気に入ったか(お気に召す)」という尊敬語を使うことで、語彙(ごい)の豊富さと教養を感じさせることができます。「いらっしゃいます」一本槍から卒業し、様々な敬語の引き出しを持つことが、ワンランク上のビジネスパーソンへの近道です。

「いらっしゃいます」を使っても良い場面、ダメな場面

ここまで「脱・いらっしゃいます」をお伝えしてきましたが、もちろん使っても良い、むしろ使うべき場面もあります。その境界線を整理しておきましょう。

使っても良い場面:相手の「存在」そのものを敬う時

「いらっしゃる」の本来の意味である「いる(居る)」の尊敬語として使う場合は、全く問題ありません。

  • 「社長は会議室にいらっしゃいます。」
  • 「明日、ご都合いかがでいらっしゃいますか?」

特に、相手の都合や健康状態など、相手の存在そのものに関わる問いかけでは、この言葉が持つ柔らかさがプラスに働きます。

避けたほうが良い場面:身内やモノに対する過剰な敬意

一方で、注意すべきは「過剰な丁寧さ」が「慇懃無礼」に変わる瞬間です。

  • 自社の社長を社外の人に話す時:「社長の田中は外出して(いらっしゃい)ます」→「外出しております」
  • 自分の家族やペットの話:「妻が元気でいらっしゃいまして」→「妻が元気にしておりまして」

これらは基本中の基本ですが、普段から「いらっしゃいます」が口癖になっていると、とっさの場面で出てしまいがちです。「自分側(身内・モノ)」と「相手側(人)」の区別をしっかり意識することが大切です。

まとめ:言葉の「贅肉」を落とせば、心はもっと伝わる

敬語は、相手を敬うための大切なツールです。しかし、使いすぎればそれは「壁」となり、相手を遠ざけてしまいます。

「でいらっしゃいます」という言葉は、非常に便利で丁寧な表現ですが、それに頼りすぎることは、思考停止のサインかもしれません。

「この場面では、もっとシンプルな言葉で伝わるのではないか?」

「別の動詞を使ったほうが、相手の行動を素敵に表現できるのではないか?」

そうやって言葉を選び直すプロセスそのものが、相手への本当の意味での「配慮」であり、「敬意」なのです。

まずは、一回の会話の中で「いらっしゃいます」を言う回数を、今の半分に減らすことから始めてみませんか?

「〇〇様ですね。」

「〇〇をなさっているのですね。」

「〇〇はお気に召しましたか?」

そうやって少しずつ言い換えていくことで、あなたの話し方は驚くほどスッキリとし、相手の心にスッと届く、温かみのあるものに変わっていくはずです。言葉の贅肉を落とし、身軽で洗練されたコミュニケーションを楽しんでください。
この記事を読んでいただきありがとうございました。

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