「お見知りおきください」の正しい使い方:初対面の挨拶で相手に敬意を伝える敬語

間違いやすい敬語シリーズ

ビジネスシーンにおける初対面の挨拶は、その後の人間関係や業務の円滑さを左右する非常に重要な瞬間です。新しい部署への着任、取引先への担当変更の挨拶など、自分が何者であるかを伝え、相手に受け入れてもらう必要があります。

そうした自己紹介の結びの言葉として、「どうぞ、お見知りおきください」というフレーズを耳にすることがあります。これは、「私の顔と名前を覚えておいてください」という要望を、日本語の敬語を用いて非常に丁寧に、かつ格調高く伝えようとする表現です。

しかし、この言葉は独特の響きを持ち、「おきください」という依頼の形が、果たして目上の方に使って失礼にあたらないか、また、どのような場面で使うのが最も適切なのか、不安に感じる方も少なくありません。誤った使い方をすれば、丁寧さを意図したにもかかわらず、かえって尊大な印象を与えてしまう可能性すらあります。

本記事では、「お見知りおきください」という表現の正しい敬語構造を深く掘り下げ、そのニュアンスを解説します。さらに、初対面の挨拶やビジネスメールで相手に最高の敬意を伝えるための、具体的でスマートな使い方と、注意点について詳しくご紹介します。

「お見知りおきください」の敬語構造と意味の分析

まず、「お見知りおきください」というフレーズが、日本語の敬語の中でどのように位置づけられ、どのような要素で構成されているのかを詳細に分析します。この言葉は、複数の敬語要素が組み合わさって成立しています。

「お見知りおきください」を構成する要素

このフレーズは、大きく「お見知り」+「おき」+「ください」という部分に分解できます。

  • 「見知る(みしる)」:「見て知る」「面識を得る」という意味を持つ動詞です。単に「知る」のではなく、「顔や姿を見て」認識するという、初対面の場面に即した意味合いを持ちます。
  • 「お見知り」:動詞「見知る」の連用形「見知り」に、接頭語「お」をつけた形です。これは、相手の「見知る」という行為を高める尊敬語の構成要素となります。
  • 「おき」:動詞「おく(置く)」の連用形「おき」です。ここでは補助動詞「〜ておく」の一部として機能し、「あらかじめ(事前に)〜しておく」というニュアンスを加えます。
  • 「ください」:「くれる」の命令形「くれ」の丁寧語であり、相手に何かを依頼する際の尊敬表現(尊敬語の命令形)です。「お〜ください」の形で、相手の行為を要求します。

「お見知りおきください」が持つニュアンス

これらの要素が組み合わさることで、「お見知りおきください」は、「(私の顔と名前を)あらかじめ見て知っておいてください」という依頼を、相手の行為を高める尊敬語の形で伝えていることになります。

これは、「覚えてください」という直接的でやや失礼にあたる命令を、「(あなたが私を)見知っておく」という相手の行為として捉え直し、それを尊敬語で依頼するという、非常に高度な敬語表現です。

この表現は、自分から相手に対して「私を覚えてほしい」とお願いする場面でのみ使用する、謙譲の意図を含んだ尊敬表現と言えます。

「お見知りおきください」の実践的な使い方と例文

このフレーズは、自分が新参者としてコミュニティや組織に加わる際の「自己紹介」の結びの言葉として使用するのが、最も一般的かつ適切な場面です。

対面での挨拶(着任・異動時)

新しい職場での着任挨拶や、プロジェクトチームへの参加時など、複数の人を前にして自己紹介をする際の結びの言葉として効果的です。

使用例:着任挨拶

「本日より営業一部に配属となりました、佐藤と申します。一日も早く皆様のお力になれるよう尽力いたします。何卒、お見知りおきください。」

使用例:会合での挨拶

「ご紹介にあずかりました、〇〇株式会社の鈴木でございます。皆様とご一緒できますこと、大変光栄に存じます。どうぞお見知りおきください。」

ビジネスメールでの挨拶(担当変更・着任時)

対面だけでなく、メールでの着任挨拶や担当変更の通知においても、結びの言葉として使用できます。

使用例:担当変更のメール

「(前任者の紹介の後)後任として貴社を担当させていただきます、山田と申します。まずはご挨拶かたがた、メールをお送りいたしました。以後、お見知りおきくださいますようお願い申し上げます。」

応用とバリエーション:より敬意を深める表現

「お見知りおきください」は、それ自体で非常に丁寧な表現ですが、「ください」という依頼の形が直接的すぎると感じる場合や、相手が非常に高い地位にある場合には、さらに表現を和らげるバリエーションが存在します。

「お見知りおきくださいますようお願い申し上げます」

最も丁寧で、ビジネス文書や目上の方へのメールとして最適な表現です。「ください」という直接的な依頼を、「〜くださいますよう(〜してくださるように)」という婉曲的な形にし、さらに「お願い申し上げます」という謙譲語の最上級を加えています。

例文:

「皆様のご指導を仰ぎながら、誠心誠意務めてまいります。何卒、お見知りおきくださいますようお願い申し上げます。」

「お見知りおきいただければ幸いです」

「〜してください」という依頼ではなく、「〜していただけたら、私は嬉しいです(幸いです)」という、自分の感情を謙譲的に述べる形(謙譲表現)にすることで、相手への要求を最小限に抑え、非常に柔らかい印象を与えます。

例文:

「貴社の発展の一助となれるよう努力いたします。お見知りおきいただければ幸いです。」

「お見知りおき賜りますよう」

「賜る(たまわる)」は、「もらう」の謙譲語です。「(あなたに)見知っておいてもらうことを、私(が)いただく」という、非常に格式の高い謙譲表現です。公的な文書や、極めて高い敬意を払うべき相手に使われます。

例文:

「何卒、お見知りおき賜りますよう、心よりお願い申し上げます。」

類語との使い分けと「お見知りおき」使用の注意点

「お見知りおきください」は便利な表現ですが、その特殊性ゆえに、使用する際にはいくつかの重要な注意点があります。

注意点1:目上の人への「ください」の是非

前述の通り、「お〜ください」は尊敬語の命令形であり、文法的には目上の人に使っても間違いではありません。しかし、相手に直接的な行動を要求するニュアンスがあるため、最高位の相手(例:取引先の社長や、自社の会長など)に対して単体で使うのは、避けた方が賢明な場合があります。

このような場合は、応用編で紹介した「お見知りおきくださいますようお願い申し上げます」や「お見知りおきいただければ幸いです」といった、より婉曲的な表現を選ぶのが、最も安全で、相手に最大の敬意を払うマナーとなります。

注意点2:自分からのみ使う言葉であること

「お見知りおきください」は、「私を」覚えてください、という文脈で、自分から発信する際にのみ使用します。

相手(例:著名な方や取引先の重役)に対して「(私があなたのことを)お見知りおきしております」といった使い方はしません。この場合は、「〇〇様のお名前はかねがね伺っております」「〇〇様は以前より存じ上げております」といった表現が適切です。

類語:「ご承知おきください」との決定的な違い

「お見知りおきください」と混同されやすい言葉に「ご承知おきください」があります。この二つは、使用する場面が全く異なります。

  • お見知りおきください:対象は**「人物」です。「(私という)人を覚えてください」という意味で、自己紹介専用の敬語です。
  • ご承知おきください:対象は「情報・事実」**です。「(この)事柄を知っておいてください、理解しておいてください」という意味で、連絡事項や注意喚起に使います。(例:「会議は明日15時からですので、ご承知おきください」)

着任の挨拶で「ご承知おきください」と言うのは、「私の着任という事実を知っておけ」という尊大な命令になってしまうため、絶対に使ってはいけません。

まとめ:心からの敬意を込めて第一印象を築く

「お見知りおきください」という表現は、「私のことを覚えてください」という、やや直接的な要望を、「(あなたが私を)見知っておく」という相手の行為として捉え直し、それを尊敬語で依頼するという、非常に洗練された日本語の敬語表現です。

初対面の挨拶や着任メールにおいて、この言葉を正しく使うことで、相手に深い敬意と謙虚な姿勢を伝えることができます。特に目上の方には、「お見知りおきくださいますようお願い申し上げます」や「お見知りおきいただければ幸いです」といった、より婉曲的な表現を用いることで、完璧な第一印象を築くことができるでしょう。

「ご承知おきください」との違いを明確に理解し、TPOに合わせた正しい言葉遣いを心がけてください。

この記事を読んでいただきありがとうございました。

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