ビジネスシーンにおいて、上司からの指示、クライアントからの依頼、あるいは同僚からの連絡に対し、私たちが「分かりました」「理解しました」という意図を伝える場面は、一日に何度も訪れます。その際、丁寧な表現を心がけて「了解いたしました」という言葉を選んでいる方も多いのではないでしょうか。
「了解」に、謙譲語の「いたす」と丁寧語の「ます」を付けた「了解いたしました」は、一見すると非常に丁寧な敬語表現のように聞こえます。しかし、この便利なフレーズが、実は「目上の人に対して使うのは失礼にあたる」という指摘があることをご存知でしょうか。
なぜ、こんなにも丁寧に見える言葉が、敬意に欠けると見なされることがあるのでしょう。それは、「了解」という言葉が本来持つ意味のニュアンスと、日本語の敬語が重んじる「相手への敬意の方向性」に関係しています。
本記事では、「了解いたしました」という表現がなぜ失礼とされることがあるのか、その構造的な理由を深く掘り下げます。そして、ビジネスシーンで本当に求められる正しい敬語表現「承知いたしました」や「かしこまりました」との厳密な使い分け、さらに状況に応じた丁寧な言い換え表現について、詳細に解説していきます。
「了解いたしました」の構造と失礼とされる理由
まず、「了解いたしました」がどのような要素で構成され、なぜその中心となる「了解」という言葉が、目上の方への使用に適さないとされるのか、その背景を詳しく見ていきましょう。
「了解いたしました」を構成する要素
このフレーズは、以下の要素から成り立っています。
- 名詞「了解」:物事の内容や事情を理解し、それを認めること。
- 謙譲語「いたす」:「する」の謙譲語。「自分が」行う動作をへりくだって表現します。
- 丁寧語「まし」「た」:過去の動作を丁寧に表現します。
文法的な構造だけ見れば、「(私が)理解することを謙譲し、丁寧に伝えました」となり、敬語として成立しているように見えます。問題は、言葉の構造ではなく、「了解」という言葉自体が持つニュアンスにあります。
「了解」という言葉が持つニュアンス
「了解」の「了」は「終わる・さとる」、「解」は「わかる・とく」を意味します。つまり、「了解」とは、単に「わかった」という意味だけでなく、「物事の内容を理解し、それを妥当なものとして認める・承認する」という、やや高所からのニュアンスを含む言葉です。
この「認める」「承認する」という意味合いが、目上の人から目下の者への評価や許可を連想させます。例えば、上官が部下に「了解した」と伝えるのは自然ですが、部下が上官に「了解しました」と伝えると、「あなたの指示を(私が)評価し、認めました」という意味にも受け取られかねないのです。
「了解いたしました」が失礼とされる核心的な理由
たとえ謙譲語の「いたしました」を付けて丁重な形にしたとしても、「了解」という言葉が持つ「承認・許可」のニュアンスは消えません。
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相手の指示を「評価」する形になる
目上の人からの指示や依頼は、こちらが評価したり承認したりする対象ではありません。それを受け止める(承る)のが正しい立場です。したがって、「了解いたしました」と返答することは、相手の指示に対して無意識のうちに「(内容を吟味した結果)分かりました」という対等、あるいは上からの目線を含んでしまう危険性があるのです。
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敬意の度合いが不足している
「了解」は、もともと事務的な連絡や、対等な立場の者同士で使われることが多い言葉です。そのため、最大限の敬意が求められる取引先や上司に対して使用するには、「敬意の度合いが不十分である」と見なされます。より敬意の高い、専用の敬語表現が存在するため、そちらを使うのがビジネスマナーとして適切とされています。
「了解いたしました」が許容される限定的な場面
原則として目上の方への使用は避けるべき「了解いたしました」ですが、ビジネスの現場では、その簡潔さから慣習的に使用されている場面もあります。
- 社内の比較的親しい上司や同僚に対して:厳格な上下関係よりも、日々の円滑なコミュニケーションが重視される環境では、許容されるケースもあります。
- スピードが求められるチャットツールなど:メールよりもカジュアルなチャットなどでは、「了解です」よりは丁寧な「了解いたしました」が、スピード重視で使われることもあります。
- 緊急時の連絡:一刻を争う状況下での事実確認として使われる場合です。
ただし、これらはあくまで例外的な容認であり、相手がどう感じるかは分かりません。特に社外の取引先や、厳格なマナーを重んじる上司に対しては、絶対に使用を避けるべきです。
「了解いたしました」の正しい言い換え表現と厳密な使い分け
では、「了解いたしました」の代わりに、どのような言葉を使えば、相手に敬意を払い、適切に「わかった」という意図を伝えられるのでしょうか。最も代表的な二つの表現について、そのニュアンスの違いと使い方を解説します。
1. 「承知いたしました」(最も汎用性の高い表現)
「承知いたしました」は、「了解いたしました」の言い換えとして最も一般的であり、どのような相手にも使える汎用性の高い敬語です。
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「承知」が持つ意味
「承知」の「承」は、「うけたまわる」と読みます。これは、単に「知る」「わかる」という意味だけでなく、「(相手の)意向や事情を謹んで受け止める」という、深い敬意と謙譲のニュアンスを含んでいます。「了解」が持つ「評価・承認」のニュアンスは一切ありません。
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使い方と文脈
上司、取引先、顧客など、目上の方からの指示、依頼、連絡など、あらゆるビジネスシーンで「分かりました」と伝えたい場合に使用できます。「承知いたしました」と返答することで、「あなた様のご指示(ご依頼)を、確かに謹んでお受けいたしました」という意図が明確に伝わります。
(使用例)「会議室の予約変更の件、承知いたしました。」「ご指摘いただいた箇所、確かに承知いたしました。」
2. 「かしこまりました」(最も敬意の高い表現)
「かしこまりました」は、「承知いたしました」よりもさらに敬意の度合いが高い、最上級の敬語表現の一つです。
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「かしこまる」が持つ意味
「かしこまる(畏まる)」は、「恐れ敬う」という意味を持つ動詞です。つまり、「恐れ多いことですが、謹んで(ご命令を)お受けいたします」という、相手への強い敬意と服従の姿勢を示す言葉です。主に、顧客や、非常に立場が上の方からの「命令」や「依頼」に対して使用されます。
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使い方と文脈
顧客からの注文や要求、あるいは社長や役員からの直接的な指示など、「明確な指示・依頼」を受けて、それを実行する場合に最適です。「承知いたしました」が「理解・受諾」に重点があるのに対し、「かしこまりました」は「受諾・実行」への強い意志表示となります。
(使用例)(顧客からの注文に対し)「かしこまりました。明日の午前中着で手配いたします。」(社長からの指示に対し)「かしこまりました。早急に対応いたします。」
さらに丁寧な印象を与える「プラスα」の工夫
単に「承知いたしました」や「かしこまりました」と言い換えるだけでなく、以下の工夫を加えることで、あなたの誠意はさらに深く伝わります。
1. 依頼内容の復唱を加える
相手の指示や依頼を復唱することで、「私はあなたの話を正確に理解しています」という安心感を相手に与えることができます。
- (工夫例)「明日の会議を15時からに変更する件、承知いたしました。」
- (工夫例)「A資料の修正ですね。かしこまりました。」
2. クッション言葉と感謝を添える
返答の前に「はい」という肯定の言葉や、クッション言葉を置くことで、より柔らかく丁寧な印象になります。
- (工夫例)「はい、承知いたしました。ご連絡いただき、ありがとうございます。」
- (工夫例)「かしこまりました。ご指示いただき、ありがとうございます。」
3. 次のアクションを明示する
特に「かしこまりました」と返答した場合は、その指示をどのように実行するのか、次の行動を具体的に示すと、相手はさらに安心します。
- (工夫例)「かしこまりました。本日17時までに修正版を再送付いたします。」
「分かりました」「承りました」との違い
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「分かりました」はなぜ不適切か
「分かりました」は「分かる」の丁寧語です。敬意は含まれておらず、同僚や目下、あるいは非常に親しい上司に限定して使うべき言葉です。取引先や顧客に使うのは、敬意不足として不適切です。
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「承りました」との使い分け
「承(うけたまわ)りました」も、「受ける」の謙譲語であり、非常に丁寧な表現です。「承知いたしました」が「理解」に重点があるのに対し、「承りました」は注文や依頼、用件などを「引き受けた」という「受領」のニュアンスが強いです。顧客からの注文や、相談事の受付などに適しています。
まとめ:敬意を正確に伝える言葉選びを
「了解いたしました」という言葉は、文法的には敬語であっても、「了解」という言葉自体が持つニュアンスにより、目上の方や顧客に対しては失礼と受け取られるリスクをはらんでいます。
ビジネスシーンで求められるのは、相手の指示や依頼を「評価」することではなく、謹んで「受け止める」姿勢です。その意図を正確に伝える言葉が、「承知いたしました」であり、さらに強い敬意を込めたものが「かしこまりました」です。
これらの言葉を状況や相手に応じて適切に使い分けることは、単なるマナーに留まらず、あなたの業務遂行能力と、相手への深い配慮を示すことに直結します。日々の返答一つひとつに心を配り、より円滑で信頼されるコミュニケーションを築いていきましょう。
この記事を読んでいただきありがとうございました。