ビジネス敬語の落とし穴!「ご持参ください」はなぜNG?正しい表現と例文付き

間違いやすい敬語シリーズ

会議や面接、あるいは打ち合わせなどで、お客様や取引先の担当者に対し、「当日は、資料をご持参ください」「恐れ入りますが、筆記用具をご持参ください」といった表現を使っていませんか。

「持参」という言葉に、丁寧語の「ご」をつけ、さらに依頼の「ください」を組み合わせたこの表現は、一見すると非常に丁寧で正しい依頼の言葉に聞こえます。しかし、実はこの「ご持参ください」もまた、日本語の敬語のルールから見ると、原則として不適切、あるいは不自然な表現にあたるとされることが非常に多いのです。

相手に失礼がないように、と配慮した結果選んだ言葉が、かえって「マナー違反」と受け取られてしまうのは、ビジネスの場面において大きな落とし穴となります。特に、正確さが求められるビジネスメールや公的な文書では、細やかな言葉遣いが、あなたのプロフェッショナリズムを左右します。

この記事では、なぜ「ご持参ください」という表現が不適切とされるのか、その文法的な理由をわかりやすく解説します。その上で、お客様や目上の方に対し、何かを持ってきてもらうよう依頼する際に、最も丁寧で、かつ正しい「スマートな依頼表現」を、具体的な例文チェックリストと合わせてご紹介いたします。この機会に、迷いがちな依頼の敬語を明確にし、洗練された言葉遣いを身につけましょう。

なぜ「ご持参ください」は不適切とされるのか?

「持参」という言葉は、相手に何かを持ってきてもらうことを依頼する際に、なぜ「ご持参ください」という形で使うことができないのでしょうか。その理由は、「持参」という言葉が持つ、敬語の種類にあります。

「持参(じさん)」は、へりくだった「謙譲語」

「持参」という漢語は、「持っていく・持って来る」という動作の謙譲語です。つまり、「私が(へりくだって)持っていく・持って来る」という意味を持つ言葉です。

  • 動詞:「持って行く/持って来る」
  • 謙譲語:「持参する」

この「持参」という謙譲語は、「自分の行為をへりくだることで、間接的に相手に敬意を示す」ための言葉です。

相手の行動に謙譲語を使うのは間違い

謙譲語は、自分や自分の身内の動作にしか使えないのが原則です。相手(お客様や上司)の動作に対しては、相手を直接高める「尊敬語」を使わなければなりません。

したがって、「お客様が資料を持ってくる」という相手の動作に対し、「ご持参ください」という形で「謙譲語(持参)+丁寧な依頼(ください)」を組み合わせるのは、

  1. 相手の動作なのに、自分の動作に使うべき謙譲語を使っている。
  2. 相手の動作をへりくだらせている(お客様の動作を下げる)ことになり、失礼にあたる。

という二重の意味で、ルールから外れた不適切な表現となってしまうのです。

「ご〜ください」は尊敬語の依頼形が原則

「ご〜ください」という依頼の形は、「ご説明ください」「ご連絡ください」のように、相手の動作の尊敬語を導くときに使うのが基本です。

「ご持参ください」は、この形に当てはめているため一見正しそうですが、中身の「持参」が謙譲語であるために、敬語の使い分けとしては誤りとなります。

相手に依頼する際の正しい尊敬語表現

では、お客様や目上の方に対し、何かを持ってきてもらうよう依頼したい場合、どのような表現を使えば、正しく、かつ丁寧な依頼になるのでしょうか。鍵となるのは、「持っていく」の動作を指す、正しい尊敬語を使うことです。

正しい尊敬語:「お持ちいただく」を使う

「持っていく・持って来る」の正しい尊敬語は、「お持ちになる」です。これを依頼の形に変化させると、以下のようになります。

  • 「お持ちください」:シンプルかつ最も適切な依頼形です。

さらに、より丁寧に相手に依頼する場合は、「〜ていただく」という形を活用します。「相手に〜してもらう」という謙譲語(「いただく」)を使うことで、相手に手間をかけることをへりくだり、丁寧さが高まります。

  • 「お持ちいただけますでしょうか」:相手に許可を求める形で、非常に丁寧で柔らかな印象を与えます。

「ご持参」を避ける正しい依頼表現チェックリスト

「ご持参ください」の代わりに使える、正しい依頼表現を、丁寧さの度合い順にまとめました。

表現 敬語の種類 ニュアンス 例文
お持ちください 尊敬語+依頼 シンプルで明確。丁寧さも十分にある基本形。 「当日は、資料をお持ちください。」
お持ちいただけますでしょうか 謙譲語(〜いただく)+依頼 相手に手間をかけることへの配慮を示した、非常に丁寧な依頼形。 「恐れ入りますが、筆記用具をお持ちいただけますでしょうか。」
ご持参いただければ幸いです 謙譲語(〜いただく)+丁寧語 「持参」が謙譲語であるため本来は不適切だが、「〜いただければ」という形で慣用的に使われることがある。(ただし、「お持ちいただければ」の方が望ましい) 「当日、名刺をご持参いただければ幸いです。」
ご用意ください 尊敬語(用意)+依頼 「持っていく」行為そのものよりも、「準備する」ことに焦点を当てた、別の表現。 「事前に、身分証明書をご用意ください。」

【実践】場面別!スマートな依頼表現の例文集

具体的なビジネスシーンを想定し、「ご持参ください」からのスマートな言い換えを確認しましょう。

シーン1:フォーマルな文書・メールで持ち物を指示する時

(持ち物が多い、または重要な書類をお願いする場面)

  • NG例:当日は、履歴書をご持参ください。
  • OK例:「当日は、履歴書をお持ちください。」
  • OK例:「誠に恐縮ですが、履歴書をお持ちいただけますよう、お願い申し上げます。」

シーン2:相手に手間をかけることへの配慮を強調したい時

(相手に手間や負担をかけることを意識し、柔らかな表現を使いたい場面)

  • NG例:恐れ入りますが、印鑑をご持参ください。
  • OK例:「恐れ入りますが、印鑑をお持ちいただけますでしょうか。」
  • OK例:「お手数をおかけしますが、印鑑をご用意くださいますよう、お願い申し上げます。」

シーン3:口頭で持ち物を確認する時

(電話や対面で、簡潔に持ち物を確認する場面)

  • NG例:資料は、ご持参でよろしいでしょうか。
  • OK例:「資料は、お持ちでよろしいでしょうか。」
  • OK例:「資料のご用意はございますでしょうか。」

まとめ:謙譲語と尊敬語の区別が、敬語上達の鍵

「ご持参ください」という表現は、「持参」が「持っていく」の謙譲語であるため、相手の動作に対して使うのは不適切な誤用です。この間違いは、「謙譲語」と「尊敬語」の使い分けが曖昧になっていることから生まれます。

  • 相手の動作(依頼):尊敬語を使う(例:お持ちください、お持ちいただく)
  • 自分の動作(へりくだり):謙譲語を使う(例:持参いたします)

この区別を明確にすることで、「ご持参ください」という誤用を避け、「お持ちいただけますでしょうか」という、正確で、かつ相手への配慮が最大限に伝わるスマートな依頼表現を使うことができるようになります。言葉の背景にあるルールを知ることが、ビジネス敬語を自信を持って使いこなすための何よりの力となるでしょう。

この記事を読んでいただきありがとうございました。

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