ビジネスの現場において、お客様や目上の方の来訪を指して、「〇〇様が、まもなくお見えになられます」「社長は、すでにお見えになられました」といった表現を使っている方は多いのではないでしょうか。
この「お見えになられる」という言葉は、「相手を最大限に敬っている」という気持ちから、非常に丁寧に使われている表現です。しかし、実はこの表現は、日本語の敬語のルールから見ると、過剰な敬語、具体的には「二重敬語」という誤った表現にあたります。丁寧さを重ねた結果、かえって不自然で、聞く人に違和感や不快感を与えてしまう可能性があるのです。
せっかくの心遣いが、意図せず相手に「失礼」な印象を与えてしまうのは、非常に残念なことです。
この記事では、なぜ「お見えになられる」が二重敬語となり不適切とされるのか、その文法的な理由をわかりやすく解説します。その上で、お客様や上司の来訪を指す際に、最も正確で、洗練された「正しい尊敬語」の使い方をご紹介します。すぐに使える言い換え表現のチェックリストも活用して、あなたのビジネス敬語をさらに磨き上げましょう。
なぜ「お見えになられる」は二重敬語で不適切なのか?
「お見えになられる」という言葉が、どのように構成されているのかを分解してみると、なぜそれが「二重敬語」になってしまうのかが明確になります。
「お見えになる」自体がすでに尊敬語
この表現は、「来る」という動作を尊敬語に変化させています。その変化のプロセスは以下の通りです。
- 動詞:「来る」
- 尊敬語:「お見えになる」
「お見えになる」は、「来る」という動作の尊敬語として、すでに完成された正しい形です。「お」+動詞の連用形+「になる」という尊敬語の定型パターンの一つです。
「られる」が敬意を重ねる
そこにさらに、尊敬の助動詞である「られる」が付け加えられています。
- 「お見えになる」+「られる」=「お見えになられる」
これは、一つの動作に対して、尊敬の意を示す敬語表現(「お見えになる」)と、さらに尊敬の助動詞(「られる」)を重ねて使っていることになります。二重に敬意を重ねるこの形が「二重敬語」であり、過剰な表現として不適切とされます。
「二重敬語」の代表的な例としては、「おっしゃられる」(「おっしゃる」+「られる」)や「ご覧になられる」(「ご覧になる」+「られる」)などがあり、これらもすべて避けるべき誤用とされています。
「来る」の動作を指す正しい尊敬語チェックリスト
「来る」という動作には、複数の尊敬語の表現があります。「お見えになられる」を避けて、相手や状況に応じて最も適切な表現を選べるよう、正しい尊敬語を再確認しましょう。
いずれも「二重敬語」ではない、一つで完成された尊敬語です。
「来る」の正しい尊敬語 | ニュアンス・使い分け | 例文 |
---|---|---|
お見えになる | 来訪や姿を見せることを敬う、比較的フォーマルな表現。 | 「まもなく、〇〇様がお見えになります。」 |
いらっしゃる | 「来る」「行く」「いる」の尊敬語。最も汎用性が高い。 | 「部長は、すでに会議室にいらっしゃいます。」 |
お越しになる | 「来る」の尊敬語。「わざわざ」来ていただく、というニュアンスも含む。 | 「遠方より、わざわざお越しいただき、ありがとうございます。」 |
ご来社(ご来場)いただく | 「来る」ではなく「来社」という動作を謙譲語で表現。 | 「本日は、ご来社いただき、誠にありがとうございます。」(※相手の動作をへりくだって表現することで、相手への敬意を高める) |
上記の通り、「お見えになる」という正しい尊敬語を使うだけで、二重敬語を回避し、十分な敬意を相手に伝えることができます。
【実践】場面別!「お見えになられる」の言い換え例文集
実際にビジネスの場面でどのように言い換えればよいのか、具体的な例文を通じて確認してみましょう。
シーン1:上司やお客様の到着を社内に伝える時
「お客様がまもなく受付に到着します」と、同僚や部下に伝える場面です。
- NG例:〇〇部長がまもなくお見えになられます。
- OK例:「〇〇部長がまもなくお見えになります。」
- OK例:「〇〇様がまもなくいらっしゃいます。」
シーン2:すでに到着していることを伝える時
すでに会議室などで待機している状態を、他の人に伝える場面です。
- NG例:社長はすでに会議室にお見えになられました。
- OK例:「社長はすでに会議室にいらっしゃいます。」
- OK例:「社長はすでにお席にお着きになっております。」(着席している場合)
シーン3:相手に感謝やお礼を伝える時
面会が終わった後など、相手の来訪に感謝を伝える場面です。
- NG例:本日はお見えになられて、ありがとうございました。
- OK例:「本日は、お越しいただき、誠にありがとうございます。」
- OK例:「本日は、遠方よりご足労いただき、感謝申し上げます。」
シーン4:相手の今後の行動を尋ねる時
相手の訪問予定や、再度来社する予定を尋ねる場面です。
- NG例:次回は、いつ頃お見えになられますか?
- OK例:「次回は、いつ頃いらっしゃいますか。」
- OK例:「次回は、いつ頃お越しいただけますでしょうか。」
敬語レベルアップのためのワンポイントアドバイス
二重敬語は、「丁寧にしすぎたい」という気持ちから生まれるものです。これを避けるためには、以下のポイントを意識しましょう。
ポイント1:「お〜になる」と「〜られる」は一緒に使わない
「お見えになる」のように、「お(ご)」+動詞+「になる」という形を使ったら、そこに「られる」を重ねてはいけません。逆に、「来られる」「読まれる」のように「られる」を使ったら、「お来られる」「お読まれる」とはしません。
ポイント2:「です・ます」を使うことで十分丁寧になる
「お見えになる」や「いらっしゃる」といった尊敬語の動詞に、丁寧語である「です・ます」を組み合わせるだけで、すでに十分な敬意が伝わります。
- 「社長は来ます」 → 「社長はいらっしゃいます。」
これ以上、敬語を重ねようとしなくても、相手には「大変丁寧な言葉遣いだ」と伝わることを覚えておきましょう。
ポイント3:迷ったら「いらっしゃる」か「お越しいただく」を選ぶ
「来る」の尊敬語で迷ったときは、「いらっしゃる」(汎用性が高い)か、相手の行動を「ご来社いただく」のように謙譲語「いただく」に託す(相手への配慮が伝わる)表現を選ぶと、間違いがなく、かつスマートな印象になります。
まとめ:正しい敬語で「失礼のない」配慮を
「お見えになられる」という表現は、相手への敬意を込めた優しい気持ちから生まれたものですが、文法的には二重敬語という「過剰な表現」にあたります。
本当に「失礼のない」言葉遣いとは、ただ丁寧なだけでなく、正確なルールに則っていることです。二重敬語を避けて正しい表現を使うことは、あなたの言葉遣いを洗練させ、相手からの信頼を確固たるものにしてくれます。
- 二重敬語のNG:「お見えになられる」
- 正しい尊敬語:「お見えになる」「いらっしゃる」「お越しになる」
今日から、これらの正しい表現を使い分け、プロフェッショナルとして自信を持ってコミュニケーションに臨んでください。
この記事を読んでいただきありがとうございました。