誤用注意!「差し上げます」と「くださいますか」で差がつく敬語マナー

備えあれば憂いなし

ビジネスシーンでよく使われる「授受動詞」(あげる、もらう、くれる)の敬語表現は、日本語の敬語の中でも特に難しい分野です。プロフェッショナルとしてのマナーが問われる場面も多く、「差し上げます」と「くださいますか」の使い分けはとても重要です。どちらも相手への敬意を示す表現ですが、役割は正反対です。この二つの言葉を正しく使い分けることで、「誰が誰に何を渡すのか」「誰が恩恵を受けるのか」という関係性と敬意の向きが明確になります。

特に「差し上げます」は、自分の行為をへりくだる謙譲語ですが、使い方を間違えると相手に違和感や不快感を与えることがあります。一方で「くださいますか」は、相手の行為を尊重する尊敬語で、丁寧な依頼の基本形です。どちらの表現も正しく使うことで、あなたのコミュニケーションはより洗練され、上司や取引先からの信頼にもつながります。

この記事では、「差し上げます」と「くださいますか」の違いをわかりやすく解説し、それぞれの正しい使い方や、誤用しやすいシーンを具体的な例文とともに紹介します。これらを理解することで、一歩先の敬語マナーを身につけることができるでしょう。

第1章:「授受動詞」の敬語体系と「あげる・くれる」の機能

「授受動詞」は、「与える」(あげる、くれる)と「受け取る」(もらう)という行為を表現する動詞であり、敬語化すると謙譲語と尊敬語に分かれます。

1. 「あげる」の敬語:「差し上げる」と「お渡しする」

「あげる」(自分が相手に与える)の謙譲語には、「差し上げる」と「お渡しする」があります。

  • 差し上げる(謙譲語I):「あげる」の最上級の謙譲語です。「頭上高く掲げて差し出す」という語源から、相手への深い敬意を表します。自分の行為をへりくだらせることで、相手を高めます。主体: 自分(話し手・身内)
  • お渡しする(謙譲語II):「渡す」という動詞の謙譲語で、「差し上げる」よりもやや事務的で使いやすい表現です。物理的なものを渡す際によく使われます。主体: 自分(話し手・身内)

2. 「くれる」の敬語:「くださる」

「くれる」(相手が自分に与える)の尊敬語が「くださる」です。相手の行為そのものを高めることで、敬意を示します。

  • くださる(尊敬語):相手の「くれる」という行為を敬う表現です。この尊敬語の依頼形が「くださいますか」「ください」となります。主体: 相手(目上の人)

3. 敬意の方向性の違い

この分類から、「差し上げる」と「くださる(くださいますか)」は、敬意の方向が正反対であることがわかります。

  • 「差し上げる」: 自分の行為を低め、相手(受け手)に敬意を向ける。
  • 「くださる」: 相手の行為を高め、相手(行為者)に敬意を向ける。

第2章:「差し上げます」の誤用注意報と適切な使用法

自分の行為をへりくだらせる「差し上げます」は、使用対象が限定されるため、特に誤用が目立ちます。

1. 「差し上げます」が不適切なケース(NG表現)

「差し上げる」は、自分の行為をへりくだらせることで、相手に恩恵を与える意図を強調する表現です。この「恩恵」を強調しすぎると、相手によっては「上から目線」と受け取られかねません。特に、金銭や物品以外の情報やアドバイスを伝える際に注意が必要です。

  • (誤)「こちらから、詳細をご説明差し上げます。」
    解説: 説明は対等な行為であり、「恩恵を与える」というニュアンスは不要。過剰です。
  • (誤)「資料をお作り差し上げます。」
    解説: お客様のために資料を作るのは当然の業務。「作ります」や「作成いたします」で十分です。

適切な言い換え: 「ご説明いたします」「資料を作成いたします」「お渡しいたします」のように、「〜する」の謙譲語(いたします)や、より事務的な謙譲語(お渡しする)を使うのが無難です。

2. 「差し上げます」が適切なシーン

「差し上げます」は、文字通り「贈呈」や「提供」のニュアンスが強い場合に限って使います。

  • (正)「ささやかですが、記念品を差し上げます。」(物理的な贈答)
  • (正)「よろしければ、後ほど詳細なデータを差し上げます。」(具体的なデータ提供)

3. 「お送りします」と「お送りいたします」の使い分け

「送る」の謙譲語は、「お送りします」または「お送りいたします」です。これらは「差し上げる」よりも事務的で、ビジネスメールや資料送付で最も多用されます。

  • (正)「本日中に、資料をメールにてお送りいたします。」(丁重)
  • (正)「メールにてお送りしますので、ご確認ください。」(丁寧)

第3章:「くださいますか」による丁寧な依頼の構造

「くださいますか」は、「〜してくれる」という相手の行為を尊敬語「くださる」に変え、依頼の意図を込めた「ますか」を付けた、極めて丁寧な依頼表現です。

1. 依頼の基本形としての「くださいますか」

目上の人や取引先に何かを頼む際、この「くださいますか」は、最も丁寧で適切な表現の一つです。

  • (正)「大変恐縮ですが、この書類にご署名くださいますか?」
  • (正)「よろしければ、明日中にお返事をくださいますか。」

2. 「ください」と「くださいますか」の使い分け

どちらも「くれる」の尊敬語「くださる」の活用形ですが、丁寧さに違いがあります。

  • 〜ください: 依頼・軽い命令。丁寧ではあるが、社外や重役にはやや直接的。
  • 〜くださいますか: 疑問形にすることで、相手の意向を伺うニュアンスが加わり、より丁重で丁寧な依頼になる。

3. 過剰敬語の回避:「していただく」との併用注意

「くださる」自体が尊敬語であるため、他の尊敬語を重ねると過剰になります。また、「〜していただく」という表現も、依頼の場面でよく使われますが、これを安易に「くださる」と併用すると不自然になります。

  • (誤)「資料をお渡しくださいますか?」
    解説: 「お渡しする」は謙譲語。「くださる」は尊敬語。謙譲語を相手の行為に使うのは間違いです。
  • (正)「お手数ですが、資料をご提出いただけますか。」(「もらう」の謙譲語+依頼)

第4章:授受動詞をめぐるプロの敬語術

授受動詞の敬語は、「身内」と「相手」の境界線を意識することで、より正確に使いこなせます。

1. 相手の上司の行為には尊敬語を使う

取引先の部長が、その部下(話し手)に何かを与えた、あるいは指示したという話を、別の場所で聞く場合、その部長の行為は尊敬語で表現します。

  • (誤)「部長が、その件を田中様に差し上げましたか?」
  • (正)「部長が、その件を田中様にくださいましたか?」

※相手の会社(社外)の人であっても、その行為の主体である部長を高める必要があるため、尊敬語「くださる」を使います。

2. 「させていただきます」を使いすぎない

「差し上げます」と同様に、「送らせていただきます」「説明させていただきます」といった「〜させていただく」も、過剰敬語になりがちです。単なる業務連絡や資料提供は、相手の許可や恩恵を必要としないため、「いたします」「お送りします」で十分です。

3. 「お預かりします」と「お預けします」

「預かる」(もらう)の謙譲語は「お預かりします」であり、「預ける」(あげる)の謙譲語は「お預けします」です。この区別も授受動詞の応用として重要です。

  • (正)「確かに資料をお預かりしました。」(自分が受け取る)
  • (正)「後ほど、荷物をお預けします。」(自分が預ける)

NG表現:
(誤)「資料をお預かりいたしますか?」
解説: 自分の行為(預かる)を相手に尋ねる形になっており、文法的に不自然です。

結び:敬語は役割を意識して使う

「差し上げます」と「くださいますか」を正しく使い分けるためには、自分が「与える側」なのか「受け取る側」なのか、立場や役割を正確に意識することが大切です。謙譲語の「差し上げる」は、自分が下位の立場で相手に尽くす姿勢を示します。一方、尊敬語の「くださる」は、相手の上位の立場で恩恵を与える行為を表します。

この敬語マナーを身につけることで、言葉を通じて相手に安心感と敬意を伝えられるようになります。単なる言葉の置き換えにとどまらず、「誰が、誰に、どのような役割で関わっているか」という人間関係の微妙な機微を反映させることが、プロフェッショナルなコミュニケーションの極意です。
この記事を読んでいただきありがとうございました。

タイトルとURLをコピーしました