ビジネスシーンでは、上司や取引先のプレゼンテーション、意見、指示など、他者の発言を聞く機会は多くあります。この「聞く」という行為を敬語で表現する際、「拝聴しました」という言葉がよく使われますが、常に正しい敬語なのでしょうか。また、「聞く」の尊敬語や他の謙譲語を正しく使い分けられていますか。
「聞く」という行為の敬語表現は、情報を受け取る受動的な意味合いがあるため、尊敬語と謙譲語の使い分けが混同されやすい分野です。誤った使い方をすると、相手への敬意を欠いたり、過剰な表現になったりして、プロフェッショナルとしての評価を下げる可能性があります。
本稿では、「聞く」の謙譲語である「拝聴する」と「伺う」、尊敬語である「お聞きになる」と「聞かれる」の定義と使い分けの原則を詳しく解説します。特に「拝聴しました」の適切な使用場面や、日常のビジネスで使いやすい表現について、具体例とNG表現を交えて解説します。
第1章:「聞く」の敬語体系:謙譲語と尊敬語の役割
「聞く」という動詞は、話し手(相手)からの情報や音を受け入れる行為を指します。この行為を敬語化する際は、「誰が主体か」によって表現を厳密に分けなければなりません。
1. 謙譲語:「拝聴する」と「伺う」
謙譲語は、自分の行為をへりくだらせることで、相手(話し手)への敬意を示す表現です。「聞く」の謙譲語には、「拝聴する」と「伺う」の二つがあります。
- 拝聴する(謙譲語I/丁重語): 最も丁重な謙譲語です。「拝」は「拝む」に通じ、極めて丁寧な態度で聞くことを意味します。相手の話の内容そのもの、または話す相手が、非常に尊敬に値する場合に使われます。主体: 自分(話し手・身内)
- 伺う(謙譲語I): 「聞く」だけでなく「尋ねる」「訪問する」という意味も持つ謙譲語です。「拝聴する」よりはやや日常的に使われますが、目上の人や顧客の話を聞く際に適切です。主体: 自分(話し手・身内)
2. 尊敬語:「お聞きになる」と「聞かれる」
尊敬語は、相手の行為を高めることで敬意を示す表現です。「聞く」の尊敬語には、「お聞きになる」と「聞かれる」があります。
- お聞きになる(尊敬語): 「お(ご)〜になる」という尊敬語の形です。相手が何かを「聞く」行為そのものを高めます。丁寧で使いやすい尊敬語です。主体: 相手(目上の人)
- 聞かれる(尊敬語): 「聞く」に尊敬の助動詞「れる」を付けた形です。文法的には正しいですが、他の尊敬語と比べて敬意の度合いが低く、やや事務的な印象を与えることがあります。主体: 相手(目上の人)
第2章:「拝聴しました」の是非と正しい使用シーン
「拝聴しました」は、「拝聴する」の過去形であり、自分の行為に対して使う限り、文法的に正しい謙譲表現です。しかし、その「極めて丁寧」な度合いゆえに、使用場面を誤ると不自然になることがあります。
1. 「拝聴しました」が最適なシーン
「拝聴しました」は、相手の話やスピーチが「非常に重要」で「聞く機会を与えられたことへの感謝」を伝えたい場面に限定して使います。
- 取引先の社長や役員の講演を聞いた後。
- 上司や指導者からの重要な指示やアドバイスを受け取った時。
- 例文:「先日の社長のご講演、大変貴重な内容を拝聴いたしました。」
- 例文:「部長のご指示、確かに拝聴いたしました。」
2. 日常的な伝達事項には「伺いました」を
電話やメールで日常的な用件を聞いた場合や、質問に対する回答を聞いた場合は、「拝聴しました」は過剰です。「伺いました」を使うのが適切です。
- 過剰:「お電話にてご用件を拝聴しました。」
- 適切:「お電話にてご用件を伺いました。」
- 適切:「田中様から、スケジュール変更の件を伺いました。」
3. 「拝聴しました」のNG用法
自分の意見をへりくだる「謙譲語」を、相手の動作に使うと、相手をへりくだらせてしまうため、絶対に使ってはいけません。
- 誤:「部長は、お客様の意見を拝聴されましたか?」(部長の行為に謙譲語を使用しているため間違い。正しくは尊敬語を使用)
- 正:「部長は、お客様の意見をお聞きになりましたか?」
第3章:尊敬語「お聞きになる」の徹底活用
1. 相手の状態を尋ねる・確認する
- 正:「先日の会議の内容について、課長はもうお聞きになりましたか?」
- 正:「お客様からのご要望を、担当者はお聞きになっていますか?」
2. 相手に質問を促す・尋ねる
- 正:「何かご不明な点がございましたら、遠慮なくお聞きください。」
- 正:「よろしければ、次の資料についてのご意見もお聞かせください。」
3. 「お聞きになられましたか」の回避
- 誤:「社長は、その情報をお聞きになられましたか?」
- 正:「社長は、その情報をお聞きになりましたか?」
第4章:伝言・依頼での応用と間違いやすい複合動詞
1. 相手に伝言を聞くことを依頼する(尊敬語)
- 正:「恐れ入りますが、ご担当者様に折り返しのお電話をお願いしたいとお伝えください。」
2. 間違いやすい複合動詞:「拝聴させていただきます」
「拝聴する」に「〜させていただく」を組み合わせた表現は、過剰敬語の代表例です。「拝聴する」自体が「謹んで聞く」という意味の謙譲語で、「〜させていただく」は「許可を得て恩恵を受ける」という謙譲表現です。この二重表現は冗長で不自然です。「拝聴いたしました」「伺いました」で十分です。
- 過剰:「明日、部長のお話を拝聴させていただきます。」
- 適切:「明日、謹んで部長のお話を拝聴いたします。」
3. 相手の意見を尋ねる時の「お伺いする」
- 正:「〇〇様の現在の状況をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
- 正:「後ほど、改めてご都合をお伺いいたします。」
結び:敬語は「話す姿勢」を映す鏡
「拝聴しました」は、正しい謙譲語ですが、その持つ「最上級の敬意」により、使用する場面は限定されます。日常的な情報のやり取りにまで使うと、かえって不自然で慇懃無礼な印象を与えることがあります。
ビジネスパーソンとして求められるのは、敬意の度合いを測り、適切な表現を選ぶ判断力です。相手の話を聞くという行為一つをとっても、「拝聴」「伺う」「お聞きになる」の三つの選択肢から、状況に応じた最適な言葉を選ぶことで、プロフェッショナルな姿勢を示せます。正確な敬語を通じて、相手との信頼関係をしっかり築きましょう。
この記事を読んでいただきありがとうございました。