「お目にかかる」と「お会いになる」:面談のアポイントで差がつく敬語

備えあれば憂いなし

ビジネスコミュニケーションにおいて、敬語の使い方はプロフェッショナルとしての資質を測るリトマス試験紙です。特に、面談のアポイントメントに関するやり取りでは、相手への配慮が言葉の端々に表れます。「会う」という日常的な行為を敬意を持って伝える際、日本人が最も迷いやすいのが「お目にかかる」と「お会いになる」の使い分けです。これらを正確に使いこなせるかどうかで、相手に与える印象、ひいてはビジネスの成否にまで差がつくと言っても過言ではありません。

本稿では、この二つの敬語表現の根本的な違いを深掘りし、アポイントの依頼から面談後のフォローまで、実践的な場面でいかに使い分けるべきかを詳説します。

第1章:敬語の体系と「会う」動詞の三態

まず、「お目にかかる」と「お会いになる」を正しく位置づけるために、日本語の敬語体系、特に「尊敬語」と「謙譲語」の機能の違いを明確にします。

1. 敬語の基本原則:誰の行為を扱うか

日本語の敬語は、話の主体である「誰の行為」に適用するか、という視点で分類されます。

  • 尊敬語: 相手の行為や状態そのものを持ち上げ、高めることで敬意を示す。「〜れる」「お〜になる」「〜なさる」といった形をとります。
  • 謙譲語: 自分の行為や状態をへりくだらせる(低める)ことで、相対的に相手の立場を高め、敬意を示す。「お〜する」「ご〜する」「〜いたす」といった形や、特定の語彙(謙譲語I)を用います。

この原則に従い、「会う」という動詞は、以下の三つの敬語表現に分かれます。

種類 表現 適用主体 敬意の示し方
尊敬語 お会いになる 相手(目上の人) 相手の「会う」行為を高める。
謙譲語I お目にかかる 自分(話し手・身内) 自分の「会う」行為を極度に低める。
謙譲語II お会いする 自分(話し手・身内) 自分の「会う」行為を丁重に低める。

2. 「お目にかかる」の語源とニュアンスの重み

「お目にかかる」は、平安時代から使われてきた由緒ある表現です。「目(まみ)える」の謙譲語であり、「目」は敬意の対象である相手の「目」を指します。「かかる」は「留まる」「触れる」といった意味合いを持ち、「相手の視界に入る」「相手に会っていただく」という、極めてへりくだったニュアンスを含みます。

この語源が示す通り、「お目にかかる」は、自分の行為を極限まで低める「謙譲語I(丁重語)」に分類され、最も強い敬意を示す表現として、初対面や取引先の重役など、高い格式が求められる場面で使われます。

第2章:「主体」と「フォーマル度」による厳密な使い分け

アポイントメントの場面では、自分が主体となる「依頼」のフェーズと、相手が主体となる「確認」のフェーズが存在します。これらのフェーズと、相手との関係性(フォーマル度)によって、適切な敬語が決定されます。

1. 主体が「自分」の場合:謙譲語の使い分け

面談を求める際、自分の行為を表現するため、謙譲語(お目にかかる、お会いする)を使います。ここでは、相手への敬意の度合いで使い分けます。

場面 適切な表現 印象・ニュアンス
初対面 / 重要な依頼 お目にかかる 最上級の敬意。相手の貴重な時間をいただくという謙虚な姿勢を表現。
面識あり / 日常的な再会 お会いする 丁寧さを保ちつつ、重くなりすぎない標準的な謙譲表現。

【実践例:依頼メール】

  • (最上級の敬意)「貴社サービスについて、ぜひ一度、直接ご担当者様にお目にかかり、詳細をご説明させて頂きたく存じます。」
  • (標準的な丁寧さ)「来週の会議について、改めてお会いするお時間を調整いただけますでしょうか。」

2. 主体が「相手」の場合:尊敬語「お会いになる」一択

相手の行動や予定について尋ねたり、第三者に伝えたりする際には、相手の行為を高める尊敬語「お会いになる」を使います。

場面 適切な表現 印象・ニュアンス
相手の予定確認 お会いになる 相手の行動を高め、敬意を示す。他に選択肢はない。

【実践例:社内での確認】

  • (誤用)「〇〇部長は、先ほどA社様にお目にかかりましたか?」解説: 部長の行動なのに謙譲語を使っており、A社様ではなく部長をへりくだらせているため誤り。
  • (正解)「〇〇部長は、先ほどA社様とお会いになりましたか?」

【実践例:日程調整】

  • 「ご希望の日時で、当社の担当者とお会いになるご都合はいかがでしょうか。」

3. 「お会いできる」と「お目にかかれる」の優位性

「お目にかかれる」「お会いできる」は、それぞれ「お目にかかる」「お会いする」の可能形に「れる」(可能の助動詞)が付いた表現です。面会が実現することへの期待や喜びを表現する際、これらは頻繁に使用されます。

  • お目にかかれる: 「会える」の謙譲表現の中で最も丁寧であり、実現の難しさや、実現への感謝、期待の気持ちを強く込めます。例:「近いうちに再度お目にかかれる日を楽しみにしております。」
  • お会いできる: 「お目にかかれる」よりやや格式は下がりますが、丁寧で非常に使いやすい表現です。

第3章:アポイントメントの電話・メールにおける応用術

面談のアポイントメントのやり取りは、主に「依頼」「調整」「確定」「御礼」の四つのフェーズで構成されます。それぞれのフェーズで、敬語を使い分けることで、洗練された印象を与えることができます。

フェーズ 主なアクション 敬語選択のポイント 具体的なフレーズ例
依頼 自分が会いたい旨を伝える 初対面や重要度が高い場合は「お目にかかる」で最上級の敬意を示す。 「ぜひ一度、直接お目にかかりたく、お願い申し上げます。」
調整 相手の都合を尋ねる 自分の行為には「お目にかかる」(謙譲語)、相手の都合には「ご都合」(尊敬表現)を組み合わせる。 「ご多忙の折とは存じますが、お目にかかるお時間を頂戴できますでしょうか。」
確定 日時が決定したことを受諾する 自分の行為なので「お目にかかる」で丁重に受諾。 「それでは、〇月〇日〇時より、貴社にてお目にかかります。」
御礼 面談後のお礼を伝える 面会が実現したことへの感謝を「お目にかかれて」で表現。 「先日は貴重なお時間をいただき、お目にかかれて誠に光栄でした。」

【電話での実践:日程調整】

電話では、メールよりもやや会話調になるため、「お目にかかる」の使用頻度を調整するとスムーズです。

  1. 依頼時(最初): 「つきましては、ぜひ一度お目にかかり、ご挨拶させて頂きたいのですが…」
  2. 調整時(中盤): 「来週でしたら、〇日にお会いすることが可能でございます。」
  3. 確認時(結び): 「それでは、〇日、〇時にお目にかかります。お忙しい中、誠にありがとうございます。」

第4章:プロの盲点:敬語の誤用と過剰表現の回避

正しい敬語を完璧に使っていても、以下の誤用や過剰な表現によって、かえって評価を下げる可能性があります。

1. 二重敬語「お会いになられる」の回避

尊敬語である「お会いになる」に、さらに尊敬の助動詞「〜られる」を重ねた「お会いになられる」は、過剰な敬意を示す二重敬語(誤用とされる場合が多い)です。

  • (誤)「社長は、次回の面談にはお会いになられますでしょうか?」
  • (正)「社長は、次回の面談にはお会いになりますでしょうか?」

2. 謙譲語の連用(「お目にかかりたいと存じます」)

「お目にかかる」はそれ自体が最上級の謙譲語ですが、「〜したい」を伝える際に「お目にかかりたいと存じます」という表現は、非常に丁寧で適切です。「存じる」は「思う」の謙譲語であり、自分の「会いたい」という意思をへりくだって伝えています。このレベルの表現を使いこなせると、一目置かれるでしょう。

3. 他社の人物を「お目にかかる」で表現しない

自社内で、他社の人物の行動について話す際、その人物を立てるために謙譲語を使いたくなるかもしれませんが、これは不適切です。

  • (誤)「A社の社長様が、弊社の社長にお目にかかりにいらっしゃいました。」解説: A社社長は「身内」ではないため、自分の動作ではない謙譲語(お目にかかる)は使えません。
  • (正)「A社の社長様が、弊社の社長とお会いになるためにご来社されました。」

結び:敬語は「配慮のグラデーション」を伝える

「お目にかかる」と「お会いになる」の使い分けは、単なる日本語のルールではなく、ビジネスにおける「配慮のグラデーション」を表現する手段です。

「お目にかかる」は、相手への最大限の畏敬の念を表し、「お会いになる」は、相手の行動を純粋に尊重する姿勢を示します。この違いを理解し、アポイントメントの段階や相手との関係性に応じて最適な敬語を選び抜くことは、単なるマナーではなく、相手の信頼を勝ち取り、円滑なビジネス関係を構築するための戦略的なツールとなります。

正しい敬語を通じて、相手に深い敬意とプロ意識を伝え、「この人とぜひ仕事をしたい」と思わせる、一歩先のコミュニケーションを目指しましょう。

この記事を読んでいただきありがとうございました。

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