営業やフリーランスとして活動していると、避けては通れない壁があります。それは、渾身の見積書を提出した直後に返ってくる、クライアントからのこの一言です。
「うーん……。思ったより高いですね。」
この言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がり、焦りが生じます。「予算オーバーだったか?」「他社に取られるかも」「今のうちに『勉強します』と言ったほうがいいか?」
ちょっと待ってください。そこで反射的に「では、10%引きます!」と言ってしまうのは、最悪の悪手です。
安易な値下げは、あなたの利益を削るだけでなく、「最初からその価格で出せたのでは?(不誠実)」「安く買い叩ける相手だ(下に見られる)」というネガティブな印象を植え付け、ご自身のブランド価値を毀損します。
実は、顧客の「高い」には様々な意味が含まれています。単にお金がない場合もあれば、価値が伝わっていないだけの場合、あるいは「とりあえず言ってみただけ」の場合すらあります。
この記事では、相手の「高い」という言葉に動じず、価格を維持したまま、むしろ信頼を獲得して成約に結びつけるための「切り返しトーク」と「マインドセット」を徹底解説します。
1. なぜ、顧客は「高い」と言うのか? その心理を解剖する
トークテクニックに入る前に、相手の心理を理解しておきましょう。敵を知れば、恐れることはありません。
① 価値と価格のバランスが取れていない(Value < Price)
これが最も多い理由です。相手は「その金額を払うだけのメリット(ROI)」をイメージできていません。「高い」の裏には、「なぜこの金額になるのか、私を納得させてくれ」というメッセージが隠れています。
② 比較対象とズレている
「競合他社(格安業者)」と比較しているか、あるいは「自分たちの過去の感覚(昔の相場)」と比較しています。比較の物差しが違うため、高く見えている状態です。
③ 予算という物理的な壁
本当に財布にお金がないケースです。しかし、法人取引の場合、「予算がない」は「その優先順位の予算は確保していない」という意味であることが多々あります。
④ ただの「口癖」・交渉のジャブ
特に大阪の商人や、調達部門の担当者に多いのがこれです。挨拶代わりに「高いなぁ、まかりませんか?」と言っているだけ。ここで真に受けて値下げするのは、自分から利益を捨てているようなものです。
【鉄則】「高い」は断り文句ではない。「説得してほしい」というサインである。
興味がなければ、相手は「検討します」と言ってフェードアウトします。「高い」と言うのは、本音では欲しいけれど、買うための正当な理由(社内決裁を通すための材料)を求めている状態なのです。
2. 焦りは禁物! 最初の対応「クッション話法」
「高いですね」と言われた時、やってはいけないのは「否定(いや、高くないです)」と「即・値下げ(じゃあ下げます)」です。
まずは相手の言葉を受け止める「クッション話法」で、冷静さをアピールします。
ステップ1:肯定する(Yes)
「高いですね」
「そうですよね。決して安くはない金額かと思います。」
まずは同意します。これだけで相手は「自分の感覚は間違っていない」と安心し、敵対関係が解消されます。
ステップ2:理由を聞く(Why)
ここが重要です。何と比べて高いのか、総額が高いのか、特定の項目が高いのかを探ります。
「ちなみに、率直にお伺いしたいのですが、想定されていたご予算よりかなりオーバーしておりましたでしょうか? それとも、他社様と比較されてのことでしょうか?」
この質問の答えによって、繰り出すべき「切り返しトーク」が変わります。
3. ケース別・値下げなしの「切り返しトーク」7選
それでは、具体的なシチュエーションに応じたトークスクリプトをご紹介します。そのまま使えるフレーズを集めました。
ケースA:漠然と「高い」と言われた場合
明確な根拠なく、感覚的に高いと言われた場合は、「自信」と「品質へのコミット」で返します。
トーク①:「失敗しないための保険」を強調する
「おっしゃる通り、金額だけ見れば安くはありません。しかし、今回のプロジェクトで最も避けるべきリスクは『安かろう悪かろうで、手戻りが発生すること』ではないでしょうか?
弊社のお見積もりは、トラブルを未然に防ぎ、確実に納期通りに高品質な成果物を納品するための体制を含んでおります。結果として、御社の担当者様の手間を最小限にし、プロジェクトを成功させるための『適正価格』だと自負しております。」
【解説】
価格勝負ではなく、「安心感」と「成功確率」で勝負します。特に担当者が失敗を恐れている場合に有効です。
ケースB:競合他社と比較されている場合
「B社はもっと安かったよ」と言われた時です。他社の悪口を言わずに、自社の優位性を説きます。
トーク②:条件の不一致(Apple to Apple)を確認する
「なるほど、B社様は魅力的ご提案をされているのですね。一点だけ確認させていただきたいのですが、B社様のご提案には、〇〇(自社の強みとなる工程やサポート)は含まれておりますでしょうか?
私どもの見積もりには、納品後の運用サポートまで含まれております。目先の導入コストはB社様が安いかもしれませんが、3年間の運用コストを含めた『総額(TCO)』では、弊社の方がコストパフォーマンスが高いと確信しております。」
【解説】
「高いのには理由がある」ことを論理的に説明します。範囲(スコープ)が違うことを指摘し、長期的な視点に立たせます。
トーク③:松竹梅の「松」であることを伝える
「B社様と比較していただきありがとうございます。恐らくB社様は、今回の要件を満たす『最低限のプラン』をご提案されているかと存じます。
対して弊社は、御社の課題を根本から解決するための『ベストなプラン』をご提示しました。もし、B社様と同じ条件(機能やサポートを削った状態)でよろしければ、弊社でも同等、あるいはそれ以下の価格でご提示可能です。いかがなさいますか?」
【解説】
「質を落とせば安くできるが、本当にそれでいいのか?」と問いかけます。多くの顧客は、質を落とすことには恐怖を感じるため、元の提案に戻ってきます。
ケースC:予算がないと言われた場合
「物は良いけど、予算が足りない」という場合です。ここでは「投資対効果(ROI)」の話に切り替えます。
トーク④:コストではなく「投資」として捉えさせる
「ご予算の件、承知いたしました。ただ、今回の導入によって、御社では年間〇〇時間の業務削減が見込まれます。これを人件費に換算すると、約〇〇万円のコストダウンになります。
つまり、今回の費用は半年で回収でき、それ以降はずっと利益を生み出し続けます。単なる出費(コスト)ではなく、利益を生むための投資と考えていただけないでしょうか?」
【解説】
お金を払う痛みよりも、得られる利益(または解消される損失)の方が大きいことを数字で示します。決裁者は数字に弱いです。
トーク⑤:分割・段階導入の提案
「ご予算の上限がある中で、無理にお願いするわけにはまいりません。では、今回は『フェーズ1』として、御社にとって最も優先度の高い〇〇機能のみに絞って導入するのはいかがでしょうか?
まずは予算内で効果を実感していただき、来期以降に残りの機能を実装する形であれば、単価を下げずにスタートできます。」
【解説】
単価(レート)を下げるのではなく、範囲(スコープ)を削って総額を調整します。これなら「安売り」にはなりません。
ケースD:単に値切りたいだけの場合
「そこをなんとかならない?」「気持ちだけでも」と言われた時の対応です。
トーク⑥:条件付きの交換条件(バーター)
「原則として、定価でのご提供をお願いしております。これ以上価格を下げると、品質を維持できなくなり、かえって御社にご迷惑をおかけしてしまうからです。
ただ、どうしてもということでしたら……例えば、『納期を2週間伸ばしていただく』ことや、『事例インタビューへの顔出し掲載をご快諾いただく』ことを条件に、端数分のご調整を検討させていただくことは可能です。いかがでしょうか?」
【解説】
一方的な値下げはしません。「私が痛みを被るなら、あなたも何か差し出してください」という対等な交渉(Give & Take)を行います。納期延長などは、実質的なコストダウンにつながります。
トーク⑦:熱意と覚悟で押し切る
「〇〇様、正直に申し上げますと、これ以上のお値引きは会社の規定上、私の首を賭けても難しいです。その代わり、ご発注いただいた暁には、私が責任を持って御社のプロジェクトを成功まで導きます。導入後のフォローも、私が個人的に気合を入れて対応します。
金額の差以上の『安心』と『成果』をお約束しますので、この金額で私に任せていただけないでしょうか!」
【解説】
最後は「人」です。論理で勝てない時は、担当者の熱意が最後のひと押しになります。「ここまで言うなら任せてみるか」と思わせる力技です。
4. それでもダメな時…賢い「撤退」の判断基準
いくら切り返しトークを駆使しても、相手が「1円でも安く」しか言わない場合があります。その時は、勇気を持って「お断り」することも重要な戦略です。
- 価格競争に巻き込まれると消耗する安さだけを求める顧客は、成約後も「これもタダでやって」と無理難題を言ってくる傾向があります(モンスタークライアント予備軍)。
- 優良顧客のためのリソースを守る利益の出ない案件に時間を使うことは、正規料金を払ってくれる優良顧客へのサービス低下につながります。
「大変残念ですが、弊社の提供する品質基準と、御社のご要望される予算感に乖離があるようです。今回は辞退させていただきます。」
と伝えることで、「あの会社は安売りしない、プライドのある会社だ」という評判が残り、巡り巡って良い仕事が舞い込むこともあります。
5. そもそも「高い」と言わせないための事前対策
最高の切り返しは、そもそも切り返す必要を作らないことです。見積もりを出す前の段階で、勝負は始まっています。
① ヒアリング段階で予算感(BANT)を握る
見積もりを出してから金額の話をするのは遅すぎます。「大体これくらいの規模だと、通常〇〇万円〜〇〇万円ほどになりますが、感触としてはいかがですか?」と、初期段階でジャブを打っておきます。
② 松竹梅の3パターンを用意する
人間には「極端の回避性(真ん中を選びたくなる心理)」があります。
- 松(高機能・高価格): 相手の予算より少し高い理想プラン
- 竹(標準・適正価格): 売りたい本命プラン
- 梅(最低限・低価格): 比較用の廉価プラン
これらを並べて出すことで、顧客は「買うか買わないか」ではなく、「どれにするか」という思考になります。「竹」を選んでもらえれば、値下げ交渉は発生しません。
③ 見積書に「詳細」を書く
「WEBサイト制作一式:100万円」と書くから高く見えます。
ディレクション費、デザイン費、コーディング費、テスト検証費、ブラウザ確認費……と細分化し、「これだけの工数がかかっている」ことを可視化します。
まとめ:価格交渉は、プロとしての「誇り」を守る戦い
見積もりが「高い」と言われた時、それはあなたが提供しようとしている価値が、相手の想像を超えている証拠かもしれません。
そこで自信なさげに値下げをしてしまえば、「やっぱり本来はその程度の価値だったんだな」と思われてしまいます。
逆に、堂々と価格の根拠を説明し、相手の課題解決にコミットする姿勢を見せれば、「高いけど、この人に頼めば間違いない」という信頼に変わります。
「値下げ」は誰にでもできますが、「価値を伝えて納得させる」のはプロにしかできません。
今回ご紹介したトークスクリプトをお守り代わりに、ぜひ次回の商談では、胸を張って価格を提示してください。その態度は必ず、成約率と、その後の良好な関係構築につながるはずです。
この記事を読んでいただきありがとうございました。