「お客様からのクレーム電話」。
その言葉を聞いただけで、受話器を取る手が重くなったり、胃がキリッとしたりすることはありませんか?
相手の怒りを鎮めようと、必死に「申し訳ございません」を繰り返す。けれど、謝れば謝るほど「マニュアル通りに喋るな!」「心がこもっていない!」と、火に油を注いでしまった……。そんな苦い経験は、誰にでもあるものです。
実は、クレーム対応において「申し訳ございません」という言葉単体では、不十分なことが多いのです。むしろ、使い方を間違えると「とりあえず謝ってその場をやり過ごそうとしている」という逃げの姿勢に見えてしまうことさえあります。
しかし、ご安心ください。いつもの謝罪に、相手の心情に寄り添う「クッション言葉(魔法の一言)」を添えるだけで、お客様の反応は劇的に変わります。
「この人は、私の気持ちを分かってくれた」
そう感じていただけた瞬間、怒りは信頼へと変わり、ピンチはファンを作る最大のチャンスになります。この記事では、プロが実践している「申し訳ございません」を活かすための、共感と信頼のクッション術をご紹介します。
なぜ、ひたすら謝っても許してもらえないのか?
具体的なテクニックの前に、なぜ「申し訳ございません」だけではお客様の心が晴れないのか、その心理的なメカニズムを知っておきましょう。
お客様が本当に求めているのは「謝罪」ではない
クレームを言ってくるお客様は、もちろん何らかのミスや不手際に怒っています。しかし、その怒りの奥底にある本当の欲求は、「被害を弁償してほしい」こと以上に、「自分のネガティブな感情(悲しみ、落胆、困惑)を理解してほしい」という点にあることがほとんどです。
「楽しみにしていたのにガッカリした」
「急いでいたのに困った」
「約束を破られて悲しかった」
こうした感情を無視して、ただ「申し訳ございません(=すみませんでした)」と事実に対して頭を下げるだけでは、お客様は「私の気持ちは置き去りか!」と感じてしまいます。これが、謝罪が逆効果になる最大の原因です。
「ロボット対応」が怒りを増幅させる
また、昨今はAIや自動音声などの対応が増えているからこそ、人間同士の対話に「温かみ」が求められています。
どんなに丁寧な言葉でも、抑揚のない声で「申し訳ございません、今後の参考にさせていただきます」と繰り返されると、お客様は自分が大切にされていないと感じます。
目指すべきは、謝罪マシーンになることではありません。相手の感情を受け止める「クッション」となり、痛みを共有することです。
【実践】「申し訳ございません」に添える魔法のクッション言葉
それでは、実際にどのような言葉を添えれば、謝罪に「心」が宿るのでしょうか。状況や相手の感情レベルに合わせた、3つのステップとフレーズ集をご紹介します。
ステップ1:相手の「残念な気持ち」を代弁する
まずは、事実関係の確認や弁解をする前に、相手が感じた「嫌な気持ち」を言語化して、こちらから寄り添います。
「せっかく〜していただきましたのに」
これは、お客様が費やしてくれた時間や期待に対する感謝と、それを裏切ってしまった申し訳なさを同時に伝える最強のフレーズです。
- 使用例:「せっかくお足元の悪い中ご来店いただきましたのに、在庫を切らしており、大変申し訳ございません。」
- 使用例:「せっかく楽しみにお待ちいただいておりましたのに、商品に不備がございましたこと、深くお詫び申し上げます。」
「せっかく」という一言があるだけで、「あなたの期待を大切にしたかった」というメッセージが伝わります。
「ご不快な思いをさせてしまい」
どちらに非があるかまだ分からない段階でも、お客様が「不快になった」という事実に対しては、全面的に謝罪することができます。
- 使用例:「私の言葉足らずで、ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。」
- 使用例:「オペレーターの対応により、嫌なお気持ちにさせてしまいましたこと、心よりお詫びいたします。」
ステップ2:相手の言い分を「肯定」する
ヒートアップしているお客様は、「自分は間違っていない」「自分の正義を認めてほしい」と思っています。否定せず、まずは受け入れる姿勢を見せましょう。
「おっしゃる通りでございます」
相手の指摘が正しい場合、言い訳を挟まずに潔く認めることが信頼回復への近道です。
- 使用例:「ご指摘はごもっともです。おっしゃる通り、私どもの確認不足でございました。申し訳ございません。」
「ごもっともなお怒りです」
「私がお客様の立場でも、同じように怒ります」という共感を示すことで、敵対関係から「同じ方向を見る関係」へとシフトします。
- 使用例:「そのような対応をされたら、ご不安になるのは当然のことと存じます。ごもっともなお怒りに対し、重ねてお詫び申し上げます。」
ステップ3:手間をかけたことへの「労い(ねぎらい)」
クレームの電話やメールをするという行為自体、お客様にとっては非常にエネルギーを使う、面倒なことです。わざわざ連絡をくれたことへの感謝を添えます。
「お忙しい中、貴重なお時間を割いていただき」
これを冒頭や最後に添えるだけで、相手の「時間を奪われた」という被害者意識を和らげることができます。
- 使用例:「お忙しい中、このようなご指摘のために貴重なお時間を割いていただき、誠にありがとうございます。」
「ご面倒をおかけして」
手続きや返品作業などをお願いする場合、必須のクッション言葉です。
- 使用例:「こちらの不手際で、ご返送というご面倒をおかけしてしまい、大変申し訳ございません。」
【難易度高】「こちらが悪くない時」のスマートな謝り方
クレーム対応で最も頭を悩ませるのが、「お客様の勘違い」や「理不尽な要求」、あるいは「ルール上どうしようもないこと」を言われた時です。
謝るとこちらの非を認めたことになってしまう……。でも、謝らないと火に油を注ぐ……。そんなジレンマを解決するのが、「部分謝罪」のテクニックです。
「事象」について謝るのではなく、「心情」や「状況」についてのみ、「申し訳ございません」を使います。
「お役に立てず」という魔法
「できません」と断るのではなく、「力になりたいけれど、なれない」という無念さを伝えます。
- NG:「規則ですので対応できません。申し訳ございません。」
- OK:「ご希望に添えず心苦しいのですが、あいにく私どもの力不足で、ご要望にお応えすることができません。お役に立てず、誠に申し訳ございません。」
「力不足で」や「お役に立てず」と自分を下げる(へりくだる)ことで、相手の顔を立てつつ、要求はやんわりと、しかしキッパリとお断りすることができます。
「ご心配をおかけして」
事実関係がまだはっきりしていない段階では、責任の所在を曖昧にしたまま、お客様の「不安な気持ち」に対してのみ寄り添います。
- 使用例:「現在、事実関係を詳細に確認中でございますが、多大なるご心配をおかけしておりますこと、まずは深くお詫び申し上げます。」
さらに好印象を残すための注意点とNG行動
せっかく良いクッション言葉を選んでも、使い方を間違えると逆効果になります。最後に、注意すべきポイントを押さえておきましょう。
魔の「D言葉」を封印する
「申し訳ございません。でも(だけど・だって)、それはお客様が……」
このように、謝罪の直後に「でも」「だって」といった逆接の接続詞(D言葉)を使うのは厳禁です。これらは「言い訳」の合図として認識され、相手の神経を逆なでします。
事情説明をしたい場合は、必ず一度相手の言葉をすべて肯定し、「おっしゃる通りです」と受け止めた後に、「実は〜という事情がございまして」と、事実のみを静かに伝えるようにしましょう。
言葉の「間」と「重み」を意識する
対面や電話では、言葉の内容以上に「声のトーン」や「間」が情報を伝えます。
流暢にスラスラと「せっかくアシヲオハコビイタダキマシタノニ〜」と言うと、いかにも「マニュアルを読んでいます」という印象を与えます。
本当に申し訳ないと思う時は、言葉は少し詰まるものです。「せっかく……足をお運びいただきましたのに……」と、一語一語を噛み締めるように、少しトーンを落として話すことで、誠意はより深く伝わります。
まとめ:クレーム対応は「ファン作り」の最前線
クレーム対応は、決して「お客様との戦い」でも「我慢大会」でもありません。
何らかの不満や不安を抱えているお客様に対し、プロとして安心感を提供し、マイナスの感情をプラスに転換する、高度なコミュニケーションの場です。
「申し訳ございません」
この言葉は、単なる謝罪の記号ではありません。そこに、
- 「せっかく〜していただいたのに」
- 「ご不快な思いをさせてしまい」
- 「お役に立てず」
といった、相手を思いやる「魔法のクッション」を一枚挟むだけで、その言葉には温度が宿ります。
お客様は、完璧な人間を求めているわけではありません。「自分の気持ちを分かってくれる人間」を求めているのです。
まずは次回の対応で、たった一言で構いません。マニュアルには載っていない、あなた自身の言葉でクッションを置いてみてください。その一言が、張り詰めた空気を和らげ、信頼回復への大きな一歩となるはずです。
この記事を読んでいただきありがとうございました。