ビジネスシーンにおいて、社外の取引先やお客様と会話する際、自社の上司や同僚について言及する場面は頻繁に訪れます。その時、「自社の上司をどのように呼べば良いのか」と迷った経験はないでしょうか。社内では「田中部長」と敬称をつけて呼んでいる上司を、社外の方に対してもそのまま「田中部長」と呼んでしまうのは、実は重大なマナー違反にあたります。
では、どのように呼ぶのが正しいのでしょうか。タイトルにもある「弊社の〇〇」という表現は、果たして適切なのでしょうか。この問題の根底には、日本語の敬語を支える「内(うち)」と「外(そと)」という非常に重要な原則が存在します。
本記事では、この「内と外」の原則を深く掘り下げ、なぜ社外では上司に敬称をつけてはいけないのかを構造的に解説します。さらに、「弊社の〇〇」という表現の正しさを検証し、ビジネスパーソンとして身につけておくべき、身内への正しい呼称マナーを具体的な例文とともにご紹介します。
敬語の基本原則:「内(うち)」と「外(そと)」の区別
社外での上司の呼び方を理解するためには、まず日本語の敬語における「内」と「外」の概念を理解する必要があります。これが、すべてのビジネスマナーの土台となります。
「内」と「外」とは何か
日本語の敬語(特に謙譲語)は、話し手と聞き手の関係性において、「自分の属するグループ(=内)」と「相手の属するグループ(=外)」を明確に区別します。
- 「内」(うち): 話し手本人、およびその家族、同僚、上司、自社の社員全体を指します。
- 「外」(そと): 会話の相手であるお客様、取引先、他社の人間を指します。
「外」に対して「内」は一体
ここでの絶対的なルールは、「『外』の人と話す時は、『内』の人間はすべて一体として捉え、全員をへりくだる」というものです。
社内では絶対的な上下関係がある上司(例:部長や社長)であっても、ひとたび「外」の人間(お客様)と対峙した瞬間、その上司は「内」の人間、すなわち「自分の身内」という扱いになります。
お客様(外)に対して、身内(内)である上司を「田中部長」と呼ぶことは、身内を高める行為(尊敬語)となり、結果としてお客様に対する敬意が欠けていると見なされます。お客様こそが、その場で最も立てるべき相手だからです。
「弊社の〇〇」は正しいか?:実践的な使い方
「内」の上司を「外」に紹介・言及する際は、尊敬語を使わず、謙譲の姿勢を示す必要があります。では、具体的な呼称を見ていきましょう。
社外での正しい呼び方:「呼び捨て」が原則
社外の相手に対して自社の上司や同僚を呼ぶ際の基本は、「呼び捨て(敬称を省く)」です。新入社員にとっては心理的な抵抗があるかもしれませんが、これが正しいビジネスマナーです。
- NG例:「田中部長が申しておりました。」
- OK例:「田中が申しておりました。」
「弊社の〇〇」という表現の正しさ
では、タイトルにある「弊社の〇〇」は正しいのでしょうか。答えは「正しい」です。
- 「弊社(へいしゃ)」: 「自分の会社」をへりくだって言う謙譲語です。
- 「弊社の〇〇」: 「(私の属するへりくだった組織である)弊社の、〇〇」という意味になり、呼び捨てと同様に、相手に対する謙譲の意を明確に示します。
「田中が〜」と言うよりも、「弊社の田中が〜」と表現する方が、より丁寧で、特にメールなどの書き言葉において好まれる傾向があります。
役職を伝える必要がある場合
単に「田中」と呼ぶだけでは、相手が「どの田中さんか分からない」場合があります。その場合は、相手が個人を特定できるよう、役職を添える必要があります。ただし、ここでも敬称はつけません。
正しいのは、「役職を先に言い、名前を呼び捨てにする」という形です。
使用例:
- 「(お電話ありがとうございます。〇〇社の佐藤様ですね。)」
- 「かしこまりました。担当の者と代わりますので、少々お待ちください。」
- 「(担当者に代わり)お電話代わりました。部長の田中でございます。」
この「部長の田中」は、「田中部長」という敬称ではなく、「(社内での役割が)部長である、田中」という紹介・説明にあたります。
応用とバリエーション:場面別の正しい呼称
「弊社の〇〇」や「(役職)の〇〇」という原則を、具体的なビジネスシーンでどのように使い分けるかを見ていきましょう。
場面1:上司を取引先に紹介する時(対面)
自分が先に訪問先に到着しており、後から来た上司を取引先に紹介する場面です。
NG例:
「〇〇様、こちらが私の上司の田中部長です。」
OK例:
「〇〇様、ご紹介いたします。弊社の部長の田中でございます。」
場面2:メールで上司について言及する時
メール本文で、上司の意見や行動を伝える場面です。
NG例:
「本件、弊社の田中部長とも確認いたしましたが〜」
OK例(丁寧):
「本件、弊社の田中とも確認いたしましたが〜」
OK例(役職を明示):
「本件、弊社営業部長の田中とも確認いたしましたが〜」
場面3:社長や役員の場合
この「内と外」の原則は、相手が社長や会長であっても変わりません。自社のトップであっても、お客様にとっては「内」の人です。
NG例:
「弊社の山田社長がおっしゃるには〜」
OK例:
「弊社の山田が申しますには〜」
OK例(役職を明示):
「弊社の代表(あるいは社長)の山田が申しますには〜」
類語比較とマナー上の注意点
身内の呼称に関しては、似たような表現や、相手(外)の呼び方との混同を避ける必要があります。
注意点1:「弊社」と「当社」の使い分け
自社を指す言葉には「弊社(へいしゃ)」と「当社(とうしゃ)」があります。
- 弊社: 謙譲語です。「外」の相手(お客様、取引先)に対して自社をへりくだる際に使います。
- 当社: 丁寧語です。主に「内」の人間(社内)での会話や、不特定多数に向けたプレゼンテーション、プレスリリースなどで使います。
したがって、社外の相手に上司を紹介する際は、謙譲語である「弊社の〇〇」が最も適切です。
注意点2:相手(外)の会社の役職者を呼ぶ場合
このルールは、相手(外)の会社の役職者を呼ぶ際には真逆になります。「内」の人間である自分からは、「外」の人間である相手企業の人は、その役職に関わらず全員を立てる必要があります。
- 自社の上司: 「(弊社の)田中」
- 他社(お客様)の上司: 「御社(おんしゃ)の鈴木部長様」「鈴木様」
お客様の会社の部長を「鈴木」と呼び捨てにすることは、絶対に許されません。必ず敬称(様、または役職+様)をつけます。
注意点3:「呼び捨て」への心理的抵抗
ビジネスマナーを学びたての頃は、社内であれだけ敬っている上司を、社外とはいえ「呼び捨て」にすることに強い心理的抵抗を感じるかもしれません。
しかし、この行為は上司を軽んじているのではなく、「上司をへりくだらせることで、目の前のお客様(外)を最大限に立てている」という、高度な敬意の表れです。このマナーを遵守することこそが、上司の顔に泥を塗らず、自社の品格を示す行為であると理解しましょう。
まとめ:「内」と「外」の意識がマナーの土台
「社外で上司は「弊社の〇〇」で正しい?」という問いの答えは、「はい、正しい謙譲表現です」となります。
ビジネス敬語の核心は、「内」と「外」の原則にあります。お客様や取引先(外)と話す際は、自社(内)の人間は、たとえ社長であっても敬称をつけず、「呼び捨て」にするのが鉄則です。「弊社の〇〇」や「部長の〇〇」という表現は、この原則を守りつつ、相手に必要な情報を伝えるための洗練された呼称マナーです。
この「内と外」の境界線を意識し、身内への敬称を正しく使い分けることが、お客様からの信頼を得て、円滑なビジネス関係を築くための第一歩となります。
この記事を読んでいただきありがとうございました。