ビジネスの場面やフォーマルな会話の中で、上司や取引先といった目上の方の発言を引用したり、確認したりする際、「○○様がおっしゃられた通りです」という表現を使ってしまうことがあります。このフレーズは、相手への丁寧さを示そうとするあまりに生まれたものですが、実は日本語の文法上、二重敬語にあたる間違いだとされています。
「おっしゃる」は、日本語の敬語の中でも使用頻度が高い重要な尊敬語ですが、その活用形を誤ると、せっかくの敬意が不自然な表現となってしまい、かえって言葉遣いに配慮が足りないという印象を与えかねません。プロフェッショナルなコミュニケーションにおいては、この基本的な敬語のルールを正確に理解しておくことが不可欠です。
本記事では、「おっしゃられた」がなぜ間違いとされるのかを、その敬語構造と語源から深く掘り下げて解説します。さらに、「おっしゃる」の正しい活用形や、ビジネスメールや会話で角が立たずに目上の方の発言を引用するための、具体的でスマートな言い換え表現を例文とともにご紹介します。
「おっしゃられた」が間違いとされる構造分析
まず、「おっしゃられた」という表現が、日本語の敬語の中でどのように不適切と見なされるのかを、その言葉の持つ構造から分析します。
「おっしゃる」が持つ敬意の構造
「おっしゃる」は、動詞「言う」の動作に対する単一の尊敬語です。「食べる」に対する「召し上がる」と同様に、「おっしゃる」という一語だけで、既に「お言(い)いになる」という最高の尊敬のニュアンスを完全に内包しています。
- 動詞「言う」 → 尊敬語「おっしゃる」
- 「おっしゃる」は、接頭語の「お」と補助動詞の「なる」を必要としない、特別な尊敬語です。
この「おっしゃる」という単語自体がすでに最高の敬意を表している、という点が、誤用の発生原因となります。
「おっしゃられた」が二重敬語となる理由
「おっしゃられた」という表現は、以下の二つの尊敬語の要素を重ねて使用しているため、過剰な敬意を示す二重敬語と見なされます。
- 「おっしゃる」: 「言う」の尊敬語(動詞自体に尊敬の意味を持つ)。
- 「〜られた」: 動詞の未然形に助動詞「れる/られる」を付けた尊敬の形式(例:「書く」→「書かれた」)。
つまり、「尊敬語(おっしゃる)」に、さらに「尊敬の助動詞(られる)」を重ねてしまっているため、「言う」という行為に対して尊敬の要素が二重に適用されていることになり、文法的には不自然な表現となります。これにより、厳密な言葉遣いが求められる場では避けるべきとされます。
「おっしゃる」の正しい活用形と基本の使い方
二重敬語を避け、「おっしゃる」を正しく使用するためには、動詞の活用形を理解し、尊敬の要素を一つに留めることが重要です。
過去の動作を指す正しい活用形
目上の方の過去の発言を引用する場合、「おっしゃられた」ではなく、以下の正しい活用形を用います。
- 正しい活用形: 「おっしゃった」
- 文法の構造: 尊敬語「おっしゃる」の連用形「おっしゃり」に、過去・完了を表す助動詞「た」が接続した形です。(「おっしゃり+た」→「おっしゃった」)
例文:
- NG:「課長がおっしゃられた件は〜」
- OK:「課長がおっしゃった件は〜」
丁寧さを加える正しい表現
「おっしゃった」だけでも尊敬語としては完成していますが、会話やメールでさらに丁寧な印象を与えたい場合は、丁寧語の「です」や「ます」を加えます。
会話で使う丁寧な形
尊敬語の「おっしゃる」を中止形「おっしゃい」にした後に丁寧語の「ます」をつけ、過去の助動詞「た」を組み合わせることで成立します。
例文:
- 「課長がおっしゃいました通り、すぐに手配いたします。」
- 「先ほどおっしゃった内容は、こちらで間違いないでしょうか。」
上司への引用に最適な言い換え表現3選
「おっしゃる」という言葉は非常に便利ですが、場面によっては硬い印象を与えることがあります。ここでは、「おっしゃる」以外で、目上の方の発言を丁寧に引用するためのスマートな言い換え表現をご紹介します。
言い換え1:最も丁寧で汎用性の高い表現
相手の発言そのものを「ご意見」「ご指示」という尊敬の言葉に置き換え、それを受ける自分の行為を謙譲語で伝えることで、相手を最大限に立てます。
- 表現: 「ご指摘の通りでございます」
- ニュアンス: 相手の意見や指摘を重く受け止め、それをありがたいものとして受け入れている謙譲の姿勢を伝えます。
- 使用例:「部長のご指摘の通りでございます。すぐに資料を修正いたします。」
言い換え2:発言を「受け止めた」ことを伝える表現
「言う」という行為そのものに言及することを避け、「その内容を理解しました」という行動の主体を自分に置き、謙譲の姿勢で示します。
- 表現: 「承知いたしました」または「かしこまりました」
- ニュアンス: 相手の発言を「指示・依頼」として捉え、それを謹んで受け入れたことを伝えます。発言内容が正しいことへの同意と、実行の意思の両方を含みます。
- 使用例:「先日の会議で承知いたしました内容に基づき、企画書を作成いたします。」
言い換え3:謙遜を伴う表現
自分の記憶や理解が正しいかを確認する形で、相手の発言を引用する際の丁寧な言い方です。
- 表現: 「〜とお伺いしております」
- ニュアンス: 相手の発言を「聞く」という自分の行為を謙譲語「伺う」で表現し、相手を立てます。発言内容が正しかったかを確認する際にも適しています。
- 使用例:「○○様から、納期は来週金曜日とお伺いしておりますが、よろしいでしょうか。」
まとめ:正確な敬語が信頼を築く
「おっしゃられた」という表現は、「おっしゃる」という単一の尊敬語に、さらに尊敬の助動詞「られる」を重ねた二重敬語であり、文法的には誤りです。
プロのビジネスパーソンとして目上の方の発言を引用する際は、正しい活用形である「おっしゃった」や「おっしゃいました」を用いるか、あるいは「ご指摘の通りでございます」や「〜とお伺いしております」といった、より洗練された言い換え表現を選択することが、相手への心からの敬意と正確な言葉遣いを伝えることに繋がります。
正確な敬語を用いる姿勢こそが、相手からの信頼を築く土台となります。
この記事を読んでいただきありがとうございました。