人orモノ?「存じ上げる」と「存じる」の正しい使い分けとビジネスメール例文集

間違いやすい敬語シリーズ

ビジネスシーンにおいて、「知っている」という自らの認識や「思う」という考えを相手に伝える際、謙譲語の「存じます」や「存じ上げます」を用いることは、丁寧さを示す基本です。これらの言葉は、「知る」「思う」という日常語を、相手への敬意をもってへりくだって表現するために使われます。

しかし、「存じ上げる」と「存じる」は、どちらも「知る」「思う」の謙譲語でありながら、厳密には使い分けのルールが存在します。このルールを無視して混同して使ってしまうと、文法的に誤りとなり、相手に違和感を与えたり、稚拙な印象を与えたりする可能性があります。

特に、「存じ上げる」は、特定の対象にのみ使用が限定される非常に特殊な謙譲語です。この違いを理解しないまま、全てを「存じ上げます」で済ませようとすると、誤った過剰敬語になってしまう危険性もあります。

本記事では、「存じ上げる」と「存じる」という二つの謙譲語が持つ基本的な構造の違いと、それぞれの言葉が適用される「対象(人またはモノ・事柄)」の明確な区別を深く掘り下げます。そして、この使い分けのルールに基づいた、ビジネスメールですぐに使える具体的な例文を、シチュエーション別に徹底的に解説していきます。この記事を通じて、あなたの敬語表現がさらに正確で洗練されたものになることを目指します。

「存じる」と「存じ上げる」の基本的な構造と対象の違い

まず、この二つの謙譲語が、それぞれどのように「知る」「思う」という言葉を変化させているのか、その構造的な違いを理解することが、正しい使い分けの鍵となります。

1. 「存じる」の構造と適用対象

「存じる」は、以下の二つの動詞の謙譲語として使用されます。

  • 「知る」の謙譲語

    「私はその事実を知っている」という認識をへりくだって伝える際に使います。この場合の対象は、人以外の「モノや事柄、事実」です。

    (例)「この件について、存じております。」

  • 「思う」の謙譲語

    「私はこのように思う」という自分の考えをへりくだって伝える際に使います。

    (例)「それが最善の策であると存じます。」

つまり、「存じる」は、人以外のすべての事柄(事実、意見、情報など)を対象として、幅広く使える汎用性の高い謙譲語です。

2. 「存じ上げる」の構造と適用対象

「存じ上げる」は、「知る」という動詞のみの謙譲語であり、さらに以下の特徴があります。

  • 「人」を対象とする

    「存じ上げる」は、「知る」の謙譲語である「存じる」に、さらに謙譲の接尾語である「上げる」を付け加えたものです。この「上げる」という行為は、「人」に対する敬意を高めるために用いられます。

    したがって、「存じ上げる」の対象は、必ず「人」でなければなりません。具体的には、相手の上司や、有名な人物、あるいは相手の家族など、その存在自体に敬意を払うべき人物を知っていることを伝える場合に限って使われます。

    (例)「御社の〇〇部長のお名前は存じ上げております。」

  • 人以外に使うと誤り

    人以外のモノや事柄(例:事実、計画、会社名)に対して「存じ上げます」を使うと、文法的な誤りとなります。これは、モノに対して過剰に敬意を示す「過剰敬語」と見なされるためです。

人orモノ?正しい使い分けの法則

二つの言葉の適用対象をまとめると、以下の明確な法則が導かれます。

表現 適用対象 基本動詞 ニュアンス
存じ上げる (役員、担当者、著名人など) 知る その人物の存在を承知しているという、最大の敬意を示す
存じる 人以外(事柄、事実、意見、場所、会社名など) 知る、思う その事柄や情報を承知している、あるいは自分の考えをへりくだって伝える
【誤りの典型例】
  • (誤)「その件については、存じ上げております。」(人ではない事柄なのでNG)
  • (誤)「御社の計画は存じ上げません。」(計画は事柄なのでNG)

ビジネスメールですぐ使える例文集(人・モノ別)

上記のルールに基づき、「知る」「思う」という意思を伝える際の具体的なビジネスメールの例文を、正しい使い分けで提示します。

「存じ上げる」の使用例(人に対する「知る」)

相手の組織の人物や、話の中で出てきた人物について言及する場合に使用します。

  • 相手の上司の名前を知っている場合

    「御社の〇〇部長のお名前は、以前から存じ上げております。著名な方とお聞きしております。」

  • 担当者を知っているかどうか尋ねられた場合

    「弊社の田中をご存じ上げますか?」(相手に尋ねる場合は「ご存じですか」よりも丁寧)

  • 人を知らないことを丁寧に伝える場合

    「大変申し訳ございません。現在のところ、〇〇様のことは存じ上げません。」

「存じる」の使用例(モノ・事柄に対する「知る」)

情報、事実、状況、日時、連絡先など、人以外のすべての情報について言及する場合に使用します。

  • 情報を知っている場合

    「ご提示いただいた条件については、存じておりますのでご安心ください。」

  • 情報を知らないことを伝える場合

    「誠に恐縮ですが、その詳細については存じませんでした。すぐに確認いたします。」

  • 会社名や場所を知っている場合

    「〇〇様の会社名(または所在地)は、既に存じております。」

「存じる」の使用例(「思う」という意見を伝える)

自分の考えや判断をへりくだって相手に伝える、最も汎用性の高い使い方です。

  • 自分の意見を伝える

    「貴社のご提案は、大変魅力的であると存じます。」

  • 質問や懸念を伝える

    「一点、スケジュール的に厳しいのではないかと存じますが、いかがでしょうか。」

  • 感謝や喜びを伝える

    「この度の迅速なご対応、大変ありがたいと存じます。」

「存じる」をさらに丁寧にするための工夫

「存じる」はすでに十分丁寧な謙譲語ですが、以下の工夫を施すことで、さらに洗練された、相手への配慮が伝わる表現にすることができます。

1. 謙譲の動詞を組み合わせる(より丁寧な「知る」)

単に「知っている」という事実だけでなく、「承る」という行為と組み合わせることで、情報を受け止めたことへの敬意を高めます。

  • (工夫例)「その件につきましては、〇〇様より承知しております。」(知っている→謹んで受け止めている)
2. クッション言葉で意見を和らげる(より丁寧な「思う」)

自分の意見を述べる前に、相手の立場を尊重するクッション言葉を加えることで、断定的な印象を和らげます。

  • (工夫例)「私見ではございますが、この企画は成功すると存じます。」
  • (工夫例)「僭越ながら、その点についてご説明させていただければと存じます。」
3. 曖昧さを避ける明確な表現

「存じます」はやや抽象的な言葉なので、直後に具体的な行動を示すと、誠実さが伝わります。

  • (工夫例)「〇〇の件、承知いたしました。すぐに着手すべきであると存じます。」

まとめ:明確な対象設定が敬語の正確性を高める

「存じ上げる」と「存じる」の使い分けは、日本語の敬語の中でも特に重要であり、「人」か「人以外」かという対象の区別が全てです。

  • 「存じ上げる」は、必ず「人」に対して使用する、最も丁寧な謙譲語です。
  • 「存じる」は、人以外の「事柄・事実・意見」に対して使用する、汎用性の高い謙譲語です。

このルールを徹底することで、「人ではない事柄に過剰な敬意を払う」という誤りを避け、言葉の正確性を高めることができます。正確な言葉遣いは、相手への敬意を示す最も確かな方法です。この記事で解説したポイントを活かし、より洗練された、信頼感のあるビジネスコミュニケーションを実践していただければ幸いです。
この記事を読んでいただきありがとうございました。

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