ビジネスの現場において、社外の方(取引先、顧客、協力会社など)とコミュニケーションを取る際、自社の人間について話す機会は多々あります。特に、自社内に役職を持たない社員、あるいは役職名が不明確な社員を指して話すとき、私たちはどのように表現するのが適切でしょうか。
この際、しばしば耳にするのが「平社員の○○が担当します」といった表現です。しかし、この「平社員」という呼び方は、実は社外の方に対して使用するには不適切であり、相手に失礼な印象を与えかねない、注意が必要な言葉です。敬意を払うべき相手に対して、自社の社員をあえて「役職のない者」と強調して伝えることは、プロフェッショナルな態度としてふさわしくありません。
なぜこの「平社員」という言葉がNGとされるのか。それは、日本語の敬語が持つ「身内への謙遜」というルールと、社外で自社を代表する者としての「対外的な品格」が密接に関係しているからです。自社の社員を社外でどのように呼ぶかというルールは、そのまま会社の品位を示すことに繋がります。
本記事では、「平社員」という言葉が持つニュアンスから、なぜ社外で使用すべきでないのかを深く掘り下げます。そして、自社の社員を社外の方に紹介したり言及したりする際に用いるべき、正しく丁寧で、かつ謙譲の意が伝わる適切な呼び方を、具体的な役職の有無や状況に応じて徹底的に解説していきます。
「平社員」がNGとされる理由:謙遜と対外的な品格
まず、「平社員」という言葉が持つ構造的な意味合いと、それが社外でのコミュニケーションにおいて問題となる理由を明確にしましょう。
「平社員」を構成する要素と持つニュアンス
「平社員」は、「役職がない」「一般の」という意味合いを持つ「平」と、「社員」を組み合わせた言葉です。これは、組織内での地位を示す際に使われる言葉です。
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組織内における地位の区分
「平社員」は、あくまで社内の組織構造の中で、役職者(部長、課長など)との対比において用いられる「区分」のための言葉です。これは、社内の人間が、自社の人間に対して使う分には問題ありませんが、外部の人との対話で持ち出すべき言葉ではありません。
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「評価の低さ」を伝える危険性
外部の方に「平社員の○○です」と伝えると、「この人は、役職を持つに値しない、あるいは特に能力のない一般の社員です」という、自社社員に対する低い評価をあえて伝えているかのような印象を与えかねません。これは、紹介された社員のモチベーションを損なうだけでなく、自社のチーム全体の能力を低く見せることに繋がります。
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対外的な品の欠如
商談や正式なやり取りの場で、自社の社員を「平社員」という俗称で呼ぶことは、相手への敬意を示す場において、自社の品位を保てていないと見なされます。ビジネスの場では、どのような社員であっても、社外に対しては自社を代表する立場であるという意識が重要です。
身内への謙譲と「立てる」べき相手
日本語の敬語の原則として、「社外の人(相手)」に対しては敬意を払い、「自社の人間(身内)」についてはへりくだる「謙譲」のルールがあります。
しかし、「平社員」という言葉は、謙譲を超えて、自社社員を「地位の低い者」と貶めて紹介しているように聞こえてしまうため、これは正しい謙譲の表現とは言えません。社外の方に対しては、役職がなくても、その社員を「自社の人間」として適切な敬意をもって言及することが求められます。
社外で使える自社社員の正しい呼び方(役職なし)
それでは、自社内で役職を持たない社員を、社外の方に対して呼ぶ際に、どのような言葉を使うのが最も適切で丁寧でしょうか。
1. 「○○(氏名)でございます」と氏名のみで呼ぶ
最も推奨される、簡潔かつ謙譲の意が伝わる呼び方です。社外の人に対しては、役職がない場合は、氏名に「様」をつけず、氏名のみで紹介します。
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「役職がない=役職を省略」の原則
役職がない場合は、あえて「役職のない社員」であることを強調せず、氏名のみで紹介することで、相手への謙譲を示しつつ、社員の品格を保つことができます。
(使用例)「こちらは、このプロジェクトを担当いたします、佐藤でございます。」
2. 「担当の○○でございます」と役割を加える
氏名に加えて、その社員が持つ「役割」を添えることで、相手に対して何の目的で紹介したのかを明確にし、コミュニケーションを円滑にします。
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「担当」「責任者」「メンバー」を活用
「担当の」「責任者の」「チームメンバーの」といった具体的な役割を示す言葉は、その社員の能力や職務を正当に示しつつ、謙譲の意も伝わるため、非常に有効です。
(使用例)「資料作成の責任者である、田中と申します。」「この業務の担当でございます、山田です。」
3. 「社員の○○」や「当社の○○」と呼ぶ(次善の策)
どうしても「会社の一員である」ことを強調したい場合は、以下のような表現も可能です。ただし、これも「氏名のみ」が最もシンプルで丁寧です。
- (使用例)「当社の社員である、鈴木が対応させていただきます。」
- (使用例)「企画部のメンバー、井上でございます。」
役職がある社員の正しい呼び方(謙譲のルール)
役職がある社員についても、社外の方に対しては「身内への謙譲」のルールが徹底されます。自社社員を呼ぶ際、敬称(様、殿など)は一切つけません。
1. 役職名+氏名の呼び捨て
これが、社外に対して自社社員の役職を伝える際の基本的な形です。
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役職名までがセット
「部長の田中」「課長の佐藤」のように、役職名まで含めてその社員の名称として扱います。相手に敬意を示す「様」や「さん」は、自社の人間には決してつけません。
(誤った例)「田中部長様がお伺いします。」(二重敬語かつ、身内に様をつけている)
(正しい例)「部長の田中が、後ほどお伺いいたします。」
2. 呼び捨てが気になる場合の配慮
相手が非常に親しい取引先であったり、自社の社員と相手との個人的な親交が深かったりする場合、あえて役職名をつけず、氏名のみで紹介することも、親愛の情を示す配慮となります。
- (使用例)「先日は、弊社の鈴木がお世話になりました。」
3. 複数の役職者がいる場合の注意点
複数人の役職者について話す際は、役職名と氏名を混同させず、明確に伝えます。
- (使用例)「本日は、営業部長の山田と、営業課長の斎藤がご挨拶に伺います。」
謙遜表現をより丁寧にするための「プラスα」の工夫
単に正しい言葉を選ぶだけでなく、以下の工夫を加えることで、自社社員に対する心遣いと、相手への丁寧な姿勢をより深く伝えることができます。
1. クッション言葉でへりくだる姿勢を示す
社員を紹介する前に、相手に敬意を示すクッション言葉を加えることで、全体の印象が柔らかくなります。
- (工夫例)「恐れ入りますが、弊社の○○が担当させていただきます。」
- (工夫例)「僭越ながら、担当の○○からご説明申し上げます。」
2. 自分の立場で謙遜を示す
自分の言葉で謙遜を示すことで、相手への敬意をより際立たせることができます。
- (工夫例)「この件につきましては、私どもの若輩者が担当いたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。」(※「若輩者」は、自分の立場をへりくだる際に使う表現です)
- (工夫例)「私ではございませんので、担当の者が改めてご連絡差し上げます。」
3. 役割と貢献を強調する
役職名がない場合でも、「このプロジェクトにおいて、○○が最も知見を持っています」といった、その社員の能力を具体的に紹介する一言を添えることで、紹介された社員を社外でも「立てる」ことができます。
- (工夫例)「こちらは、システム構築において最も経験豊富な、田中と申します。」
まとめ:品格ある言葉が会社の信頼を築く
社外の方に対して自社社員を呼ぶ際のルールは、単なるビジネスマナーではなく、自社の品格、そして社員に対する敬意を示す、非常に重要な要素です。
「平社員」という言葉は、社外の方に対し、自社の社員を不必要に低く評価している印象を与えかねません。これを避け、「氏名のみ」あるいは「役割+氏名」で簡潔かつ丁寧に紹介することが、正しい謙譲のルールです。
社外に対しては、自社の人間を「身内」としてへりくだりながらも、その一方でプロフェッショナルとして紹介する。この二律背反を両立させる言葉選びこそが、あなたの会社への信頼と、円滑なビジネスコミュニケーションを築くための鍵となります。この記事で解説したポイントを活かし、より洗練された言葉遣いを実践していただければ幸いです。
この記事を読んでいただきありがとうございました。