「伺わせていただきます」は二重敬語!過剰な謙譲を避けるメール・電話術

間違いやすい敬語シリーズ

ビジネスシーンにおいて、相手の会社や場所を訪れる際、あるいは電話で相手の話を聞く際に、「伺う(うかがう)」という謙譲語を使うことは、相手への敬意を示す基本です。この言葉をさらに丁寧にしようと、「伺わせていただきます」という表現を使っている方を多く見かけます。

「伺う」は「行く」「聞く」の謙譲語、「させていただく」は「する」の謙譲語である「させていただく」を組み合わせたこのフレーズは、丁寧さを追求した結果生まれたものですが、実は文法的に「二重敬語」あるいは「過剰謙譲」にあたるとして、日本語の専門家から厳しく指摘される表現です。同じ種類の敬意を二重に重ねることで、不自然で冗長な印象を与えてしまうのです。

丁寧な言葉を選んでいるはずなのに、かえって「敬語を使いこなせていない」「不自然で回りくどい」というネガティブな評価につながってしまうのは、非常にもったいないことです。過剰な敬意は、かえって相手に違和感を与え、あなたのプロフェッショナリズムを損ないかねません。

本記事では、「伺わせていただきます」がなぜ二重敬語となるのか、その構造的な理由を深く掘り下げます。そして、この過剰な謙譲表現を避け、どのような場面で、どのような簡潔かつ自然で正しい表現を用いるべきかを、具体的なメール・電話のシチュエーション別の例文とともに徹底的に解説していきます。この記事を通じて、過不足のない、洗練されたビジネスコミュニケーション術を身につけましょう。

「伺わせていただきます」が二重敬語となる構造

まず、「伺わせていただきます」が、なぜ文法的に誤りであり、過剰な表現とされるのか、その構造を分解して理解しましょう。

1. 「伺う(うかがう)」の構造

「伺う」は、「行く」または「聞く」という自分の行為をへりくだって表現する謙譲語です。

  • (基本形)行く / 聞く
  • (謙譲語)伺う

「伺います」だけで、すでに相手への敬意を示すための謙譲の意が完全に含まれています。

2. 「させていただく」の構造

「させていただく」は、「する」の謙譲語である「させていただく」が変化したものであり、これも自分の行為をへりくだって表現する謙譲語です。

  • (基本形)する
  • (謙譲語)させていただく

特に、「相手の許可を得て自分の動作を行う」「その行為が自分にとって恩恵となる」というニュアンスを強調する際に使われます。

3. 二重敬語の問題点と「過剰謙譲」

「伺わせていただきます」は、「伺う」という謙譲語に、さらに「させていただく」という謙譲表現を重ねています。つまり、「謙譲語 + 謙譲語」という構造になっており、これが文法上の二重敬語となります。

  • 表現の冗長性

    「伺う」だけで十分へりくだっているにもかかわらず、さらにへりくだることで、「過剰謙譲」となり、相手に不自然な回りくどさや、自信のなさを感じさせてしまう可能性があります。

  • 「許可」の不自然さ

    「伺わせていただきます」は、「行くことの許可をいただく」という意味合いになりますが、訪問は基本的に相手の都合を聞いて決めるものであり、改めて「許可をいただく」とへりくだって言う必要はありません。単に「行く」ことを丁寧に伝えるだけで十分です。

「伺わせていただきます」に代わる正しい敬語表現

二重敬語を避け、「行く」「聞く」という行為を相手に敬意をもって伝えるための、正しく簡潔な表現は以下の通りです。

1. 「伺います」 (最も簡潔で正しい表現)

【訪問・質問の際の基本形】

「伺う」に丁寧語の「ます」を付けた、シンプルかつ完璧な謙譲表現です。ビジネスシーンでの訪問や質問の意図を伝える際に、最も汎用性が高く、推奨されます。

  • (訪問の意)「明日の14時に、御社へ伺います。」
  • (質問の意)「この点について、詳しく伺ってもよろしいでしょうか。」
2. 「参ります」 (訪問時の簡潔な表現)

【訪問を簡潔に伝えたい場合】

「行く」の謙譲語は「伺う」の他に「参る(まいる)」があります。「参ります」は、「伺います」よりもやや簡潔で、自発的に行くというニュアンスが強い表現です。二重敬語にもなりません。

  • (使用例)「では、資料をお持ちして参ります。」
3. 「お尋ねします」 (「聞く」の丁寧な表現)

【聞く行為を丁寧にしたい場合】

「伺う」を使わず、「尋ねる」に丁寧な「お〜します」をつけた表現も、正しい敬語です。相手に何かを質問する際に使います。

  • (使用例)「〇〇様の詳しいご住所をお尋ねしてもよろしいでしょうか。」

メール・電話術:「伺わせていただきます」の言い換え集

「伺わせていただきます」を使いがちな具体的なシチュエーションごとに、より自然で洗練された言い換え表現を提示します。

シーン1:相手の会社を「訪問」する場合

訪問の意図を明確に伝え、日時を調整する際のメール・電話での表現です。

  • 訪問日時の提案

    (言い換え)「恐れ入ります。来週水曜日の10時に、御社へ伺えますでしょうか。」

  • 訪問日時の了承

    (言い換え)「かしこまりました。明日の14時に伺います。」

  • 同行者がいる場合

    (言い換え)「私と、弊社の担当者がご挨拶に参ります。」

シーン2:相手の話や用件を「聞く」場合

電話や会議で、相手の発言を促す、あるいは質問をする際の表現です。

  • 相手に説明を求める

    (言い換え)「よろしければ、詳細を伺えますでしょうか。」

  • 質問を投げかける

    (言い換え)「一点、お尋ねしたいことがございます。この点について伺ってもよろしいでしょうか。」

  • 会議で話を聞く

    (言い換え)「〇〇部長のご意見を伺いたいと存じます。」

シーン3:訪問を打診する際の「さらに丁寧な一言」

単に「伺います」と言うだけでなく、相手への配慮を示すクッション言葉を添えることで、より心遣いが伝わります。

  • 相手の都合を気遣う

    (言い換え)「ご多忙のところ恐縮ですが、一度弊社から伺います。」

  • 訪問の許諾を丁寧に求める

    (言い換え)「ご都合がよろしければ、一度ご挨拶に伺わせてください。」(この「〜せてください」は、許可を求める際の正しい謙譲表現です。)

敬語表現をさらに洗練させるための「プラスα」の工夫

「伺わせていただきます」の不自然さを解消するだけでなく、あなたのコミュニケーションをより洗練させるための工夫を解説します。

1. 「参ります」と「伺います」の使い分け
  • 参ります: 自分の行動に焦点を当てた謙譲語。「そちらへ行きます」という移動そのものを簡潔に伝える場合に適しています。
  • 伺います: 相手の場所や話に焦点を当てた謙譲語。「あなたの会社へ行く」「あなたの話を聞く」という、相手への敬意をより深く示す場合に適しています。
2. 語尾の表現を工夫する

「伺います」という動詞の後に、「〜と存じます」や「〜と幸いです」といった表現を加えることで、さらに丁寧な印象を与えます。

  • (工夫例)「明日、資料をお持ちして伺うのが、最善かと存じます。」
  • (工夫例)「もしよろしければ、お電話で詳細を伺えると幸いです。」
3. 電話での聞き取りの際に使うクッション言葉

電話で聞き取りを依頼する際にも、「伺わせていただきます」は使いません。「伺ってもよろしいでしょうか」を基本とし、クッション言葉を加えます。

  • (工夫例)「恐縮ですが、念のためお名前を再度伺ってもよろしいでしょうか。」

まとめ:簡潔で正しい敬語がプロの証

「伺わせていただきます」という表現は、相手に最大級の敬意を示したいという気持ちの表れですが、文法的には二重敬語(過剰謙譲)であり、相手に不自然な印象を与えてしまう危険性があります。

ビジネスにおいて求められるのは、過剰な装飾のない、簡潔で正確な敬語です。「伺います」「参ります」といった正しい謙譲語を基本とし、さらに「ご多忙のところ恐縮ですが」「よろしければ」といった、相手への配慮を示す一言を加えること。

このシンプルで誠実な言葉選びこそが、あなたのプロフェッショナリズムと、相手への深い心遣いを伝える鍵となります。この記事で解説したポイントを活かし、洗練されたビジネスコミュニケーションを実践していきましょう。
この記事を読んでいただきありがとうございました。

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