私たちが日常のビジネスシーンやフォーマルな場面で「待つ」という行為を相手に伝える際、どのように表現するのが最も適切で丁寧でしょうか。ただ「待っています」と伝えるだけでは、少し素っ気なく、相手への配慮に欠ける印象を与えてしまうことがあります。そこで活躍するのが、日本の敬語表現の中でも頻繁に使われる「お待ちしております」というフレーズです。
この表現は、ただ待っているという事実を伝えるだけでなく、相手に対する敬意や心遣い、そして歓迎の気持ちを込めることができる、非常に便利な言葉です。しかし、丁寧な表現であるがゆえに、その使い方やニュアンスを間違えてしまうと、かえって失礼にあたる可能性もあります。
本記事では、「お待ちしております」の基本的な意味から、正しい使い方、ビジネスメールでの具体的な例文、さらには類語との使い分けや注意点に至るまで、この表現を深く掘り下げて解説します。
「お待ちしております」の基本的な構造と意味
まず、「お待ちしております」という表現が、日本語の敬語の中でどのように位置づけられているのかを見ていきましょう。このフレーズは、動詞の「待つ」を基に、複数の敬語要素を組み合わせることで成立しています。
「お待ちしております」を構成する要素
「お待ちしております」は、以下の三つの要素から成り立っています。
1. 接頭語の「お」
「お」は、動詞「待つ」を名詞化し、それを丁寧な形にする役割を持つ接頭語です。これをつけることで、動作そのものを丁寧に扱うという意図が生まれます。
2. 動詞「待つ」の連用形
文字通り、「待つ」という動作の中心となる部分です。
3. 補助動詞「おります」
「おります」は、動詞「いる」の謙譲語にあたる「おる」に、さらに丁寧語の「ます」が組み合わさった形です。「いる」は動作の継続や存在を表しますが、「おります」とすることで、自分(話し手)の動作をへりくだって表現し、相手に対する敬意を示すことができます。
「お待ちしております」が持つニュアンス
これらの要素が合わさることで、「お待ちしております」は「私がへりくだって、相手のために、待ち続けている」という意味合いを持ちます。単に「待っている」という事実だけでなく、相手の行動を心から願い、そのために自分が準備を整え、待機しているという、献身的な姿勢や歓迎の気持ちを伝えることができるのです。
「お待ちしております」の正しい使い方と文脈
「お待ちしております」は非常に汎用性が高い表現ですが、具体的にどのような場面で、どのように使うのが適切でしょうか。ここでは、ビジネスシーンを中心に、具体的な使用例と文脈を解説します。
来訪や連絡を心待ちにする場面
最も一般的に使われるのが、相手の来訪や連絡を待っていることを伝える時です。この表現を使うことで、ただ事務的に待っているのではなく、楽しみにしているという気持ちを伝えることができます。
訪問を待つ場合
お客様や取引先が自社に来社する予定がある際に使います。単なる場所の案内だけでなく、心から歓迎している気持ちを伝えるために使われます。
使用例:来社時の挨拶
メールや文書の結びとして、「当日は、心よりお待ちしております。」と添えることで、相手に温かい印象を与えることができます。また、「受付にて担当者がお待ちしております。」のように、具体的な担当者の待機状況を伝える際にも使用されます。
返信や連絡を待つ場合
相手からのメールの返信、資料の送付、あるいは電話連絡など、何らかのアクションを待っている状況で使われます。
使用例:メールでの返信催促や確認
「ご多忙の折とは存じますが、ご返信お待ちしております。」のように、相手の状況を配慮しつつ、丁寧にお願いする形で使います。「またのご連絡をお待ちしております。」は、会話やメールを一旦終える際の結びの言葉としても適しています。
予約や注文などの受付完了の場面
サービス業や小売業など、お客様からの予約や注文を受け付ける際にも、「お待ちしております」は重要な役割を果たします。
使用例:店舗での予約確認
飲食店や美容院などで、「ご予約、確かに承りました。ご来店お待ちしております。」と伝えることで、予約が完了したことの確認と、来店への歓迎の意を同時に伝えることができます。この表現には、「滞りなく準備を整えて待っている」というニュアンスが含まれています。
「お待ちしております」の応用と表現のバリエーション
「お待ちしております」は単体で強力な表現ですが、状況や相手に応じて、さらに表現を豊かにするバリエーションが存在します。これらを使いこなすことで、より細やかな心遣いを伝えることができます。
表現をさらに強調したい場合
心待ちにしている気持ちや、強い歓迎の意を伝えたい場合は、副詞や修飾語を加えて表現を強めます。
「心より」や「楽しみにして」を加える
「心よりお待ちしております」は、偽りなく、心底から待っているという強い気持ちを伝える表現です。「楽しみにしてお待ちしております」は、特に個人的な関係性や、イベントなどの楽しい予定に対して使われることが多く、親愛の情を伝えることができます。
「重ねて」を使う
ビジネスメールなどで、過去にも連絡や来訪があった相手に対して、再びの機会を心待ちにしている場合は、「重ねてお待ちしております」といった表現も可能です。これは、以前の関係性を大切にしつつ、次の機会を歓迎していることを示します。
相手への配慮を加える場合
相手の都合を尋ねたり、無理のない範囲でという配慮を伝えたい場合は、クッション言葉を加えます。
クッション言葉の利用
「お忙しいところ恐縮ですが、お手すきの際にご連絡お待ちしております。」のように、相手の状況を考慮する一言を前に入れることで、一方的な催促ではないという姿勢を示すことができます。
類語との使い分けと「お待ちしております」の注意点
「待つ」行為を伝える丁寧な表現は、「お待ちしております」以外にも存在します。これらを適切に使い分けること、そして「お待ちしております」を使う上での注意点を知っておくことは、より洗練されたコミュニケーションに繋がります。
類語との使い分け
「お待ちしております」と「お待ち申し上げます」
「お待ち申し上げます」は、「待つ」の謙譲語「待ち申し上げる」に丁寧語の「ます」がついた形です。「申し上げる」は最高の謙譲語の一つであり、「お待ちしております」よりもさらに丁重な表現とされます。
- 「お待ちしております」:一般的なビジネスシーンや、ややカジュアルなフォーマルな場。広く使われる、標準的な丁寧表現です。
- 「お待ち申し上げます」:非常に格式の高い場、重要な取引先や目上の方、あるいは公的な文書など、最大限の敬意を示す必要がある場合に適しています。日常的には少し硬すぎる印象を与えることもあります。
「お待ちしております」と「心待ちにしています」
「心待ちにしています」は、純粋に楽しみにしている気持ちをストレートに伝える表現です。
- 「心待ちにしています」:個人的な感情の側面が強く、親しい間柄や、イベントの企画などで使われます。丁寧語の「ます」を使っていますが、「お待ちしております」ほどの格式高さはありません。
- 「お待ちしております」:ビジネス上の義務や正式なやり取りの中で、相手への敬意を示すことに重点が置かれます。
「お待ちしております」使用時の注意点
謙譲語の使用範囲
「お待ちしております」は謙譲語であるため、自分または自分の身内の動作に対してのみ使用するのが原則です。相手の動作(例:「社長がお客様を**お待ちしております**」)に対して使うのは間違いです。この場合、「社長がお客様を**お待ちでございます**」のように、尊敬語の「お待ちでございます」や「お待ちになっていらっしゃいます」を使用するのが適切です。
結びの言葉としての適切性
メールや手紙の結びの言葉として非常に便利ですが、何を待っているのかが明確でないと、不自然な印象を与えます。直前の文脈で、返信、来訪、連絡など、相手の具体的なアクションが示されていることが前提となります。
「お待ちしております」を使いこなすための実践的なポイント
最後に、「お待ちしております」をさらに効果的に使うための実践的なポイントをいくつかご紹介します。これらの工夫を加えることで、単なる丁寧語以上の、心に響くコミュニケーションが可能になります。
具体的な行動と結びつける
「お待ちしております」の前に、相手に期待する行動や、それを受ける側の準備状況を具体的に示すと、より親切で丁寧な印象になります。
具体性を加える表現例
「○○の資料をご用意して、お待ちしております。」
「ご質問事項をまとめて、ご連絡お待ちしております。」
「お約束の時刻に、会議室にてお待ちしております。」
このようにすることで、相手は次に何をすべきか、あるいは自分が到着した際にどのような対応がなされるのかを明確に理解できます。
感情を伝える言葉を添える
特に親交のある取引先や顧客に対しては、単に「お待ちしております」と述べるだけでなく、再会や連絡への喜びを伝える言葉を添えると、より人間味のある温かいやり取りになります。
感情を表現する言葉の例
「お目にかかれるのを、本当に楽しみにしてお待ちしております。」
「またお話できますことを、心待ちにしてお待ちしております。」
「心より」という表現だけでなく、自分の気持ちを込めた言葉をプラスすることで、相手に対する敬意だけでなく、親しみやすさも伝えることができます。
相手の都合を優先する表現を意識する
ビジネスにおいて、相手の時間は非常に貴重です。そのため、「お待ちしております」を使う際も、相手に急かしている印象を与えないように配慮することが重要です。
相手を気遣うフレーズ
「ご多忙のところ恐縮ですが、お手すきの際にご連絡お待ちしております。」
「くれぐれもご無理のないよう、ご来社お待ちしております。」
これらのクッション言葉は、相手への配慮を示す「お心遣い」として機能し、表現全体の丁寧さを格段に向上させます。
まとめ:心を込めた「待つ」姿勢を伝える
「お待ちしております」という表現は、単なる動作の伝達ではなく、相手に対する敬意、歓迎、そして心からの準備を伝える、コミュニケーションの橋渡し役を果たします。この言葉一つで、私たちは相手との関係性をよりスムーズで、温かいものにすることができます。
この表現の構造を理解し、TPO(時・場所・場合)に合わせて適切に使い分けることは、日本語の奥ゆかしい敬語を使いこなす上で非常に重要です。今回解説したポイントを踏まえ、皆さんの日常のコミュニケーションにおいて、「お待ちしております」を心を込めて使用し、相手に好印象と安心感を与えることができれば幸いです。
この記事を読んでいただきありがとうございました。