上司・取引先に好印象!「いたします」と「なさる」を正しく使うビジネス敬語術

備えあれば憂いなし

敬意の方向性を定める言葉

私たちがビジネスシーンや目上の方とのコミュニケーションにおいて、自分の行動をへりくだって伝えたり、相手の行動を丁寧に高めたりする際、どのような言葉を選ぶのが最も適切でしょうか。単に丁寧語を使うだけでは、相手への敬意が十分に伝わらず、時には不快感を与えてしまうこともあります。ここで重要になるのが、「いたします」という謙譲語と、「なさる」という尊敬語を適切に使い分ける敬語術です。

これらの敬語表現は、日本語の「敬意の方向性」を明確にし、話し手と聞き手の関係性を円滑にするための「橋渡し役」を果たします。自分の動作をへりくだることで相手を引き立てる「謙譲語」、そして相手の動作を高めることで敬意を示す「尊敬語」の使い分けこそが、洗練されたビジネスパーソンに不可欠なスキルです。

本記事では、この二つの重要な敬語、特に「いたします」(謙譲語I)と「なさる」(尊敬語)の基本的な構造と意味から、ビジネスメールや会話での具体的な使い方、誤用しやすい表現との使い分け、さらにはより上級な表現への応用方法に至るまで、この敬語術を深く掘り下げて解説いたします。

「いたします」と「なさる」の基本的な構造と意味

日本語の敬語には、「謙譲語」「尊敬語」「丁寧語」の三種類があり、「いたします」と「なさる」は、それぞれ謙譲語と尊敬語の中核をなす表現です。この基本的な構造を理解することが、適切な使い分けの第一歩となります。

「いたします」を構成する要素とニュアンス

「いたします」は、自分や身内の動作をへりくだって(謙って)表現し、相手に対する敬意を示す謙譲語です。

「いたします」は、以下の二つの使い方で成立します。

1. 動詞の連用形+「いたします」(例:「準備いたします」)

動詞「する」の謙譲語「いたす」に、丁寧語の「ます」が組み合わさった形です。「行う」「準備する」といった動作を、へりくだって伝えることで、「相手のために、私が控えめにその動作を行う」という献身的なニュアンスを含みます。

2. お(ご)+動詞の連用形+「いたします」(例:「ご連絡いたします」)

「お(ご)〜する」の形で使われるもので、一般に「謙譲語I」として分類されます。この形は、動作そのものを丁寧に扱うとともに、相手への配慮を示す役割が強調されます。

「なさる」を構成する要素とニュアンス

「なさる」は、相手や目上の方の動作を高めて表現し、敬意を示す尊敬語です。

「なさる」は、動詞「する」の尊敬語であり、単体で「(相手が)する」という動作に対する最大の敬意を表します。

1. 動詞の連用形+「なさる」(例:「お読みになる」の連用形「お読みになりなさる」)

「なさる」自体が尊敬語であるため、現代のビジネスシーンでは単体で、または「お(ご)〜になる」と組み合わせて使われることが一般的です。たとえば、「する」の尊敬語として「なさる」を単独で使ったり、「お電話なさいますか」のように使います。

2. お(ご)+動詞の連用形+「になる」(例:「ご覧になる」)

「なさる」ほど強い表現ではないものの、相手の動作に敬意を表す標準的な尊敬語です。

「いたします」と「なさる」の正しい使い方と文脈

この二つの敬語を適切に使うためには、「誰の動作か」を明確に区別し、TPO(時・場所・場合)に合わせて表現を選ぶことが重要です。

「いたします」の実践的な使用場面(謙譲語)

「いたします」は、自分自身の動作を伝える際に使います。これは、相手に対して「私が責任を持って対応します」という姿勢を伝えることにも繋がります。

顧客や上司への対応を伝える場合

相手からの指示や依頼に対して、実行する意志を丁寧に伝える際に用います。

使用例:業務の実行を伝える
  • 「資料の確認が終わり次第、すぐにご連絡いたします。」(謙譲語I)
  • 「明日午前中に、折り返しお電話いたします。」(謙譲語I:お電話する)
  • 「わたくしどもで詳細な調査をいたします。」(謙譲語II:調査する)
依頼や申し出を丁寧に行う場合

自分のアクションを通じて、相手に何かをしてもらうことを促す際にも使われます。

使用例:相手に資料を受け取ってもらう
  • 「本日中にメールにて資料を送付いたしますので、ご確認ください。」

「なさる」の実践的な使用場面(尊敬語)

「なさる」は、相手(上司、取引先など)の動作を伝える際に使います。これは、相手の動作そのものを敬う表現です。

相手の行動や意向を尋ねる場合

相手に質問や確認をする際、動詞を尊敬語にすることで失礼にあたらないように配慮します。

使用例:相手の意向を尋ねる
  • 「この件につきましては、どのようにご対応なさいますか。」(ご対応なさる)
  • 「次の会議の資料は、もうご覧になりましたか。」(ご覧になる)
  • 「どちらのホテルにご宿泊なさいますか。」(ご宿泊なさる)
相手の行動を認める、感謝を伝える場合

相手が既に行った動作を指して、敬意を払う際にも使われます。

使用例:相手の行動を評価する
  • 「迅速なご決断、誠にありがとうございます。おかげでスムーズに進行いたしました。」(自分の動作は謙譲語)

応用と表現のバリエーション:より上級な敬語術

「いたします」と「なさる」の基本形をマスターした後は、状況や相手に応じて、さらに細やかな配慮を示す応用表現を使いこなすことが、好印象につながります。

「いたします」のバリエーション:より丁重に

「いたします」よりもさらにへりくだり、最大限の敬意を示すには、「申し上げる」を組み合わせた表現を使います。

「申し上げます」への置き換え

動詞「言う」の謙譲語が「申し上げる」です。よりフォーマルな場面や、特別な配慮が必要な相手には、この表現を検討します。

  • 標準:「ご意見を伺います。」→ 丁重:「ご意見をお伺い申し上げます。」
  • 標準:「お礼を言います。」→ 丁重:「心よりお礼を申し上げます。」

「なさる」のバリエーション:さらに細やかな尊敬

「なさる」は一般的な尊敬語ですが、より改まった場面では、「あられる」や「いらっしゃる」といった尊敬語の補助動詞を使います。

尊敬語の補助動詞の利用

「お〜になる」の形が使えない特殊な動詞や、動作の継続・存在を敬う場合に用います。

  • 「社長はすでにお帰りになりましたか。」→(状況により)「社長はすでにお帰りでいらっしゃいますか。」
  • 「先生は何をご覧になりますか。」→「先生は何をご覧になりますか。」(「ご覧なさる」は二重敬語に近い表現となるため注意)

類語との使い分けと二重敬語の注意点

「いたします」と「なさる」を核とする敬語表現には、誤用しやすい類語や、過剰な丁寧さから生じる「二重敬語」の問題がつきまといます。

「いたします」と「させていただきます」の使い分け

「させていただきます」は、相手の許可を得て、恩恵を受けるというニュアンスを含む謙譲表現です。

許可の有無と恩恵の認識
  • いたします:単に自分の動作をへりくだって行うことを伝えます。「資料を提出いたします。」
  • させていただきます:相手の許可が必要であり、その動作によって自分が利益を得る場合に適切です。「お客様のご要望に応じて、資料を提出させていただきます。」(許可を得て、相手に感謝)

注意点:「〜いたします」で済むところを安易に「〜させていただきます」を使うと、過剰で大げさな印象を与えかねません。

二重敬語の回避:「なさる」使用時の落とし穴

「なさる」自体が尊敬語であるため、他の尊敬語と重ねて使用すると「二重敬語」となり、不自然で誤った表現となります。

典型的な二重敬語の例
  • 誤用:「社長がっしゃられる(「おっしゃる」自体が「言う」の尊敬語) → 正:「社長がおっしゃいます。」
  • 誤用:「ご覧になさる(「ご覧になる」自体が尊敬語) → 正:「ご覧になります。」あるいは「なさいます。」

「いたします」と「なさる」を使いこなすための実践的なポイント

最後に、この二つの敬語を、単に文法的に正しく使うだけでなく、相手に配慮が感じられるように効果的に使うためのポイントをご紹介します。

主語を意識し「敬意の方向」を定める

敬語を使う直前に、「この動作の主語は誰か」を一瞬立ち止まって考える習慣をつけましょう。

主語別の適切な敬語
  • 主語が「自分・自社(身内)」:「いたします」「申し上げる」「お(ご)〜する」などの謙譲語を使います。
  • 主語が「相手・目上の方」:「なさる」「お(ご)〜になる」「いらっしゃる」などの尊敬語を使います。

クッション言葉で柔らかさを加える

特に依頼や質問の前に、「恐れ入りますが」「お手数をおかけしますが」といったクッション言葉を加えることで、敬語の持つ硬さを和らげ、より丁寧で人間味のあるやり取りになります。

クッション言葉の利用例
  • 「お忙しいところ恐縮ですが、明日までに資料をご確認なさいますか。」
  • 「誠に恐れ入りますが、折り返しご連絡いたします。」

まとめ:心を通わせる敬語の技術

「いたします」と「なさる」は、謙譲語と尊敬語という、日本の敬語体系の根本をなす二大柱です。これらを正しく使い分けることは、単に文法的な正確さを保つだけでなく、ビジネスにおける相手への敬意や心遣いを、最も明確な形で伝える技術です。

自分の動作を「いたします」でへりくだり、相手の動作を「なさる」で高める。この敬意の方向性を意識することで、あなたのコミュニケーションはより洗練され、上司や取引先に好印象を与えることができるでしょう。

今回解説した構造や注意点を踏まえ、日々の業務でこの敬語術を実践し、信頼されるビジネスパーソンとしての地位を確立されることを心より願っております。

この記事を読んでいただきありがとうございました。

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