心を伝えるための最上級の謙譲語
ビジネスの現場やフォーマルな場面で、上司や取引先といった目上の方に自分の意見や考え、あるいは謝罪の気持ちを伝える際、どのように表現するのが最も丁寧で、相手に深い敬意を示すことができるでしょうか。ただ「言います」と伝えるだけでは、そのニュアンスが軽く、誠意が欠けている印象を与えかねません。ここで、私たちのコミュニケーションを格上げしてくれるのが、謙譲語の中でも特に丁重な表現である「申し上げます」というフレーズです。
「申し上げます」は、単に「言う」という動作を丁寧に伝えるだけでなく、話し手自身をへりくだらせることで、相手に対する最大の敬意と、その言葉に込めた真摯な思いを伝えることができる、非常に強力な言葉です。しかし、その強力さゆえに、使用する場面や文脈を間違えると、かえって堅苦しすぎたり、不自然に聞こえたりすることもあります。
本記事では、「申し上げます」の基本的な構造から、意見や謝罪といった重要な局面での正しい使い方、ビジネスメールでの具体的な例文、さらに類似の謙譲語との使い分けや、二重敬語などの注意点に至るまで、この「敬語の極意」を深く掘り下げて解説いたします。
「申し上げます」の基本的な構造と敬意のニュアンス
まず、「申し上げます」という表現が、日本語の敬語の中でどのように位置づけられているのか、その成り立ちを見ていきましょう。このフレーズは、動詞の「言う」を基に、複数の敬語要素を組み合わせることで成立しています。
「申し上げます」を構成する要素
「申し上げます」は、以下の二つの要素から成り立っています。
- 1. 動詞「言う」の謙譲語「申し上げる」「申し上げる」は、動詞「言う」の謙譲語であり、自分(話し手)の動作を最大限にへりくだって表現する言葉です。謙譲語の中でも特に格式が高く、相手に対する最上級の敬意を示す役割を持ちます。
- 2. 丁寧語の「ます」「申し上げる」という謙譲語に、さらに丁寧語の「ます」を付けることで、表現全体を丁寧な口調にする役割を果たします。これにより、フォーマルな場での使用に適した形となります。
「申し上げます」が持つニュアンス
これらの要素が合わさることで、「申し上げます」は「私がへりくだって、相手のために、非常に丁重に伝える」という意味合いを持ちます。この言葉を使うことで、単に情報を伝達するだけでなく、相手の立場を尊重し、発言の内容について誠意をもって深く考えているという、話し手の真摯な姿勢を伝えることができるのです。
意見・謝罪における「申し上げます」の正しい使い方と文脈
「申し上げます」は非常に丁重な表現であるため、日常の軽い会話には馴染みませんが、特に重要な発言や、誠意を示す必要のある場面でこそ、その真価を発揮します。
意見や考えを伝える場面
目上の方や取引先に自分の意見を述べる際、「申し上げます」を使うことで、一方的な主張ではなく、相手への配慮と敬意を込めた上での発言であることを示せます。
提案や所見を述べる場合
「〜と考えます」よりもへりくだった形で、自分の見解を提示します。
使用例:会議やメールでの意見表明
- 「現状の課題につきまして、わたくしの所見を申し上げます。」
- 「誠に恐縮ながら、別の観点からもご提案させて申し上げます。」(「〜させて」が不適切とされる場合もあるため、注意が必要)
- 「詳細については、追って書面にてご報告申し上げます。」
謝罪や感謝を伝える場面
「申し訳ございません」といった謝罪の言葉と組み合わせることで、心からの反省と深いお詫びの気持ちを伝えることができます。また、感謝の意を伝える際にも、より真摯な気持ちが込められます。
心からのお詫びを伝える場合
形式的な謝罪にとどまらず、その重みを相手に伝えるために使われます。
使用例:謝罪や反省の表明
- 「この度の不手際につきまして、心よりお詫び申し上げます。」
- 「深く反省しておりますことを、重ねて申し上げます。」
深い感謝を伝える場合
「ありがとう」や「感謝します」よりも、より丁重に、相手の恩恵に対する敬意を示します。
使用例:感謝の意を伝える
- 「温かいご支援に、厚く御礼申し上げます。」
- 「ご協力いただきました皆様に、心より感謝を申し上げます。」
「申し上げます」の応用と表現のバリエーション
「申し上げます」は単体で強力な表現ですが、状況や伝える内容に応じて、さらに表現を豊かにするバリエーションが存在します。これらを使いこなすことで、より細やかな心遣いを伝えることができます。
動詞を伴わない形での応用
「〜と申し上げる」という形で、自分の発言内容そのものに謙譲の意を込める使い方です。
自分の身分や名前を伝える場合
初対面や電話対応などで、相手に自分の名前を告げる際に使われます。
- 「わたくし、株式会社○○の田中と申し上げます。」(「言う」の謙譲語)
相手に敬意を示す補足的な表現として
相手がした行動について「〜とおっしゃいました」のように尊敬語を使うべき場面で、自分の言葉に謙譲の意を込める際にも使われます。(この場合は動作の主語は相手です)
表現をより強調したい場合
特に誠意や強調したい気持ちを伝えたい場合は、副詞や形容詞を加えて表現を強めます。
副詞を加えて誠意を強調
- 「この度は、改めて心よりお詫び申し上げます。」
- 「謹んでご報告申し上げます。」
クッション言葉を加える場合
自分の意見を述べる前にクッション言葉を入れることで、相手への配慮を示し、発言全体の印象を柔らかくします。
クッション言葉の利用
- 「まことに恐縮ですが、いくつか修正点を申し上げます。」
- 「ご多忙の折とは存じますが、ご報告申し上げます。」
類語との使い分けと「申し上げます」の注意点
「言う」という行為を伝える丁寧な表現は、「申し上げます」以外にも存在します。これらを適切に使い分けること、そして「申し上げます」を使う上での注意点を知っておくことは、より洗練されたコミュニケーションに繋がります。
類語との使い分け:「申し上げます」と「申します」と「言います」
これらはすべて動詞「言う」に関する表現ですが、敬意の度合いが異なります。
- 言います:丁寧語(「言う」に丁寧語の「ます」を付けた形)。最も一般的な丁寧表現ですが、敬意の度合いは低い。社内の同僚や部下に対して使うのが適切です。
- 申します:謙譲語(「言う」の謙譲語「申す」に「ます」を付けた形)。「申し上げます」よりは格式ばらない謙譲語で、自分の名前を名乗る際など、日常的な謙譲表現として幅広く使われます。
- 申し上げます:謙譲語(「言う」の謙譲語「申し上げる」に「ます」を付けた形)。最上級の謙譲表現であり、目上の方や取引先への謝罪・意見具申など、改まった場面で使われます。
「申し上げます」使用時の注意点:二重敬語の回避
「申し上げます」はそれ自体が最上級の謙譲語であるため、他の謙譲語や丁寧語と重ねて不適切になることは少ないですが、他の動詞に誤って適用しないように注意が必要です。
「お(ご)〜申し上げる」は一般的に正しい謙譲語
「お(ご)〜する」という謙譲語を、さらに丁重にするために「お(ご)〜申し上げる」という形で使うことは、文法的には二重敬語ではなく、正しい謙譲表現とされています。
- 正しい例:「ご説明申し上げます。」(説明する→ご説明申し上げる)
- 正しい例:「お誘い申し上げます。」(誘う→お誘い申し上げる)
注意点:ただし、「ご報告させていただきます。」のように、「〜させていただきます」と「申し上げる」が混在する形は、過剰な謙譲表現と受け取られる可能性があるため、文脈に応じて「ご報告申し上げます」と簡潔にまとめる方が洗練された印象を与えます。
まとめ:真摯な姿勢を伝える言葉の力
「申し上げます」という表現は、「言う」という行為を伝える中で、最も深く、そして最も誠意をもって相手に自分のメッセージを届けるための鍵となる言葉です。この言葉を適切に使いこなすことは、単なる敬語の知識を超え、相手に対する深い配慮と、発言の重みを理解しているという真摯な姿勢を伝えることに繋がります。
意見具申や謝罪といった、ビジネスにおける重要なコミュニケーションにおいて、「申し上げます」を心を込めて使用することで、相手に好印象と安心感を与え、あなたの信頼性を格段に高めることができるでしょう。
この記事を読んでいただきありがとうございました。