関ヶ原の戦い、それは日本の歴史を大きく変えた天下分け目の決戦でした。東軍と西軍が激突する中、西軍に属した島津義弘は、圧倒的な兵力差と味方の裏切りという絶望的な状況に直面しました。多くの武将が降伏や自害を選ぶ中で、義弘が選んだ道は、常識では考えられない「敵中突破」。
そして、その際に用いられたのが、かの有名な「捨てがまり」戦法でした。一体、義弘はいかにしてこの無謀とも思える試みを成功させたのでしょうか? その背景には、家紋「丸に十字」に込められた、死をも恐れぬ覚悟があったのです。
「鬼石曼子(おにしまづ)」の真骨頂:関ヶ原での壮絶な敵中突破
義弘は、「鬼石曼子(鬼島津)」の異名で恐れられた、並外れた武勇を持つ武将でした。関ヶ原の戦いが始まる前夜、西軍の総大将・石田三成に「夜襲」を進言するも受け入れられず、戦場では味方の裏切りにより孤立無援の状態に陥ります。東軍の猛攻にさらされ、西軍が次々と壊滅していく中、義弘とその僅かな手勢は絶体絶命の窮地に立たされていました。
多くの者が死を覚悟する中で、義弘が下した決断は、敵の本陣を突破して撤退するという、まさに「狂気の沙汰」としか言いようのないものでした。正面から敵に挑むのではなく、敵の最も手薄な箇所を狙い、一気に駆け抜ける。これこそが、義弘の真骨頂であり、自らが「鬼」と称された所以でしょう。
死地に活路を開く「捨てがまり」戦法の秘密
義弘の敵中突破を可能にしたのが、島津家独自の戦法「捨てがまり」です。これは、撤退する部隊から選抜された兵が、一定の間隔で立ち止まり、迫りくる敵に一斉射撃や突撃を敢行するものでした。敵の追撃を食い止めている間に本隊はさらに前進し、役目を終えた兵は敵の只中で討ち死にするか、あるいは間隙を縫って本隊に合流するという、まさに命がけの殿(しんがり)戦法だったのです。
この「捨てがまり」の成功には、いくつかの要因が考えられます。
- 徹底した練度と規律: 「捨てがまり」は、兵士一人ひとりが自身の死を覚悟し、正確に役割を果たす高度な規律と練度があって初めて機能する戦法でした。島津の兵は日頃から厳しい訓練を積んでいたからこそ、この捨て身の作戦を遂行できたのでしょう。
- 敵の意表を突く奇策: 当時、敗走する軍は追撃を恐れて一目散に逃げ出すのが常識でした。そこで、義弘は、あえて追撃してくる敵に向かって反撃するという、敵の裏をかく奇策を講じました。これにより、敵は島津軍の意図を測りかね、追撃が鈍る効果がありました。
- 大将の覚悟が兵を鼓舞: 大将である義弘自身が死を恐れず、先頭に立って敵中突破の道を切り開く姿勢を示したことが、兵たちの士気を極限まで高めました。大将の命がけの決断が、兵たちに「ならば自分たちも」という覚悟を植え付けたのです。
この捨て身の戦法により、義弘は家康本陣の脇をすり抜け、決死の脱出劇を演じ切りました。この突破は、東軍に大きな衝撃を与え、天下分け目の戦いの中でその武名をさらに高めることになります。
死と隣り合わせの家紋「丸に十字」に宿る覚悟
島津家が代々用いた家紋は「丸に十字」です。このシンプルながらも力強い紋は、島津家の歴史と、義弘の生き様を象徴しているかのようです。
「(島津氏)が禅宗に深く帰依していたことから、禅宗の開祖である達磨大師が用いたとされる「十」の字を図案化したものという説や、キリスト教の「十字」との関連性も指摘されています(これは後世の解釈が強いと言えます)。
この紋が義弘の「捨てがまり」戦法と結びつくとき、そこに込められた意味は一層深まるでしょう。十字は、東西南北、天地を貫く「絶対的な強さ」や「揺るぎない信念」を象徴しているとも解釈できます。加えて、四方八方からの攻撃に屈しない「不屈の精神」、そして何よりも「死をも恐れぬ覚悟」がこの紋に宿っていたのではないでしょうか。
「捨てがまり」という死を覚悟する戦法を遂行できたのは、兵一人ひとりの命の覚悟はもちろんのこと、義弘自身の「丸に十字」の精神が、戦場の兵たちに共通の意識として深く根付いていたからに違いありません。この家紋は、島津の将兵にとって、ただの印ではなく、誇りであり、困難な状況で命を懸けるべき理由を示す、精神的な支柱だったのです。
絶望を突破する力:義弘から現代へ
関ヶ原での義弘による敵中突破は、日本の歴史における最も劇的な撤退戦の一つとして語り継がれています。その背景には、「捨てがまり」という奇策、兵たちの練度と規律、そして何よりも義弘自身の死を恐れぬ覚悟がありました。
義弘の生き様は、現代を生きる私たちにも多くの示唆を与えてくれます。時に、人生や仕事において、私たちは絶望的な状況に直面することがあるでしょう。義弘は、そのような状況からでも、常識を打ち破る発想と、仲間を信じ、自らが率先して行動する覚悟を持って活路を見出しました。
現代社会で「困難な状況を打破したい」「常識にとらわれない発想で新しい道を開きたい」と考える時、義弘の「捨てがまり」の精神を思い出してみてください。それは、時にリスクを恐れず、しかし計算された上で「攻めの撤退」を選ぶ勇気であり、自らの信念を貫き、周囲を巻き込むリーダーシップの重要性を示しています。また、自身の行動と覚悟が、周囲の士気を高め、不可能を可能にする原動力となることを教えてくれるでしょう。義弘の「丸に十字」が示すように、揺るぎない覚悟と信念は、どんな困難な状況も突破する力となるのです。
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