幕末の人物

松平春嶽の名言です。

「我に才略無く我に奇無し。常に衆言を聴きて宜しきところに従ふ」 福井藩の藩主であり、四賢候の一人に数えられます。幕末から明治初期に活躍をし、その影響は後の時代にもおよび、現代にも受け継がれています。 活躍を始めるまで 1828年、徳川家御三...
戦国武将の名言

朝倉宗滴の名言です。

武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候 「大将というものは犬と言われようと、畜生と言われようと、 勝つことこそが最も大事である」 朝倉孝景の八男で孝景の孫である義景の代まで朝倉家の重鎮として活躍します。加賀・能登・越中といった一向...
戦国武将の名言

蒲生氏郷のエピソードです。

蒲生氏郷は少年時代、父・蒲生賢秀が織田信長に降伏したため、その人質になりました。信長は氏郷の非凡さを見抜き、娘の冬姫を嫁がせて一門に加えています。信長亡き後は豊臣秀吉に仕え、小田原討伐等で功を上げ、九十二万石の大大名にまで出世しました。後に...
戦国武将の名言

蒲生氏郷の名言です。

春夏秋冬どれか一つにかたよらず、家風を正すことが主将の器と言うべきであろう。 職場の規則、ルール、風紀を守ることも管理職の大切な役割です。 職場の風紀で気になることとは 遅刻や早退 髪型や服装 急な休み。 私語が多い。 指示を聞かない でき...
戦国武将の名言

山県昌景の名言です。

武士の心がけとしては、その場に臨んで始めるようでは駄目だ。 何気なくルーティンワーク化した毎日をこなしてもいいのですが、小さな良い習慣を一つ決めて行動してみませんか? 小さな良い習慣なので、その日の結果をみても、たいしたことはないかもしれま...
戦国武将の名言

山本勘助のエピソードです。

武田二十四将の一人で、武田の五名臣の一人。武田信玄の伝説的軍師として有名です。架空の人物だといわれていましたが、武田信玄書状に「山本菅介」の名があることから、山本勘助と思われる人物は実在しているようです。 勘助の功績の第一として、信州戸石城...
幕末の人物

大村益次郎 辞世の句です。

医者であり、蘭学者であり、軍艦を作り、軍政を改革して一軍を率い、最後は陸軍省の前身である兵部省の指揮者となりました。 活躍を始めるまで 1824年、長州藩の大村で生まれました。大村益次郎の大村は、出生地である大村から来ており、名を改める以前...
戦国武将 辞世の句

蒲生氏郷 辞世の句です。

織田信長に気に入られ、豊臣秀吉からも高く評価された名将です。長生きしていれば、関ヶ原の展開はまた違ったものになったことでしょう。 出自 生年は1556年。蒲生賢秀の三男として誕生しています。父は六角氏に仕える重臣で、観音寺騒動の際には、問題...
戦国武将の名言

南光坊天海の名言です。

学んで思わざれば罔(くら)し。 思うて学ばざれば殆(あやう)し 知識を詰め込むだけでは役に立たないといわれますが、学ぶことが最初に接する知識だったら最初は暗記が大切です。頭の中にどれだけ多く、知識の引き出しを作ることができるかどうかで、その...
戦国武将の名言

加藤嘉明の名言です。其の一

人におもねり機嫌を取る人間は、一時は抜群の勇気を奮うが、信用ならぬ。へつらって上の者に可愛がられ、高禄を得て、後ろ指をさされることぐらい、本人もよくわかっている。 わかっていて自らを欺くのは、恥を顧みない者である。恥を顧みない者は主人を殺し...