雨と月見団子

戦国武将の名言

一杯の酒に宿るリーダーシップと教訓:母里友信の逸話から現代ビジネスを読み解く

戦国時代の武将、母里友信(太兵衛)が、酒癖の悪い福島正則から名槍「日本号」を飲み取ったという痛快な逸話は、単なる酒豪伝説として語られるだけではありません。このエピソードには、現代のビジネスリーダーやビジネスマンにとっても示唆に富む教訓が隠さ...
戦国武将の名言

成功を引き寄せる!明智光秀に学ぶリーダーシップと自信の築き方

若いころ光秀は芥川で大黒天の像を拾った。それを見た家臣が「大黒を拾えば千人の頭になれるそうです」と述べて喜んだが、光秀は「ならばこれは必要ない」と捨ててしまった。驚いた家臣が尋ねると、「わしは千人の頭になることくらいで終わるつもりはない。も...
戦国武将 辞世の句

細川忠興 辞世の句です。

非凡な才を持っていたことは間違いなく、豪傑でもあり文化人でもありましたが、どこか不調和な違和感を残す人物でもあります。出自1563年の生まれで、父は細川藤孝です。誕生時には藤孝は将軍足利義輝に仕えていましたが、二年後には義輝が暗殺されます。...
幕末の人物

山内容堂の名言集です。

勤王派としても佐幕派としても大きな活動をしており、どこを目指していたのかが分かりづらい人物です。この多面性が思想によるものなのか、酒によるものなのかも判断に困るのが特徴です。活躍をはじめるまで1827年の生まれです。容堂の生まれた山内南家は...
幕末の人物

島津斉彬の名言集です。

幕末の薩摩藩にあって名君と呼ばれた、富国強兵を目指し、後の倒幕の力の基礎を築いた人物です。活躍を始めるまで斉彬の生まれは1809年。父は島津斉興、曾祖父は島津重豪です。斉彬は幼少より才を認められたと言われており、四歳にして曾祖父から次代の当...
戦国武将の名言

「嘘も方便」は現代ビジネスでも通用する? 明智光秀の言葉が問いかける倫理観

仏の嘘をば方便といい、武士の嘘をば武略という。これをみれば、土地百姓は可愛いことなり。「仏の嘘も武士の嘘も許されるというのに、年貢をごまかした百姓だけが罰せられるのは納得がいかない。ささやかな百姓の嘘など、大目に見ても良いのではないか。」こ...
戦国武将の名言

一度の失敗に囚われるな。「髪の長きことは永代有間敷」後藤又兵衛の言葉に学ぶ、現代ビジネスを勝ち抜くリーダーシップ

戦国時代の武将、後藤又兵衛(後藤基次)は、その勇猛さと大胆な言動で知られています。彼が残したとされる言葉の一つに、「軍に負ける度毎に天窓を剃らば、髪の長きことは永代有間敷」というものがあります。これは、黒田長政と共に一揆の鎮圧に失敗した際、...
戦国武将 辞世の句

大内義隆 辞世の句です。

陶晴賢の謀反によって命を落とした有力大名です。文弱とされてはいますが、さすがの内政力で山口を西京都と呼ばれるほどに隆盛させました。ただの暗愚でなかったのは間違いありません。誕生から家督相続まで1507年、大内義興の長男として誕生しました。こ...
戦国武将 辞世の句

陶晴賢 辞世の句です。

戦国時代と言えば下克上の時代です。京の周辺では裏切りはするが主君を殺めるところまではいかないような、複雑な思いが散見されますが、晴賢はもっとわかりやすい人物でした。出自1521年、父陶興房の元で誕生しました。陶氏は大内氏の重臣の家系で、大内...
戦国武将 辞世の句

朝倉義景 辞世の句です。

浅井長政の同盟者として有名で、共に戦い共に滅んだという印象が強いかと思いますが、実際のところ、義景の方は戦いは苦手だったようで、戦績に見るべきものはありません。が、一般的な評価ほど無能というわけではなく、生まれる時代、もしくは家柄を間違えた...