鍋島直茂

直江兼次や小早川隆景など、家臣でありながら豊臣秀吉から独立大名の扱いを受けた武将は複数いますが、この鍋島直茂もそのひとりです。家臣を分断し勢力を削ぐということより、豊臣秀吉を引き付ける才覚がありました。
鍋島直茂には先見の明もあり、豊臣秀吉だけでなく徳川家康とも誼を通じて、竜造寺氏や鍋島氏を守り、肥前佐賀藩の藩祖となりました(初代藩主は息子の鍋島勝茂です)
武力、知力だけでなく政治力もあったとされる鍋島直茂1538年に竜造寺氏の分家当主、竜造寺家兼の家臣である鍋島清房の次男として誕生します。
1541年にはその竜造寺家兼の命令で、千葉胤連の養子となりますが、さらに上の主君筋の少弐氏に謀反を疑われて竜造寺家兼が殺害されたことで、養子組は撤回されます。
兄である鍋島信房が亡くなっているのならば話はわかりますが、兄はこのまま八十一歳まで生き続け、弟に従うという奇妙な現象が起こるのです。
ちなみに母は、竜造寺家兼の嫡子、竜造寺家純の娘ですから、この鍋島直茂は竜造寺氏の一門衆といえるかもしれません。

竜造寺氏の家臣で一番の活躍ぶり

1546年に竜造寺隆信が家督を継ぎます。その時には直茂の母親は亡くなっていたようで、竜造寺隆信の生母が鍋島清房の継室となります。
直茂と竜造寺隆信は従弟の関係から兄弟の関係となりました。そして竜造寺隆信の信頼に沿う働きを続けます。
1567年には大友氏が肥前を攻めてきました。相手はあの大友宗麟です。慌てふためく家臣団のなかで、直茂は毛利元就に大友氏の背後を突くよう画策し実行に移します。
1568年には毛利元就を破った大友氏の進撃に対し、夜襲を提案。三千を率いる大友親貞を見事に撃破して名を馳せました。
1578年には大村氏、有馬氏と周辺諸国の大名を屈服させる功績をあげ、竜造寺氏はついに肥前を統一します。

肥後の国政を担当

1580年に竜造寺隆信が隠居すると、家督を継いだ竜造寺政信の後見人を任されます。
そして島津と裏でつながる蒲池氏攻めを命じられます。蒲池氏は竜造寺隆信にとって二度も危急存亡の秋を救ってくれた大恩ある相手でした。しかし冷酷な竜造寺隆信は、蒲池氏の肥後柳川城を攻略した後、蒲池氏一族の殺戮を命じます。
直茂はそれをやり遂げて、以後、肥後の国政を切り盛りすることになりました。
諫言のうるさい直茂を肥後に遠ざけたかった竜造寺隆信の意向だったとも云われています。

沖田畷の戦い

1584年九州制覇の命運をかけて二強と呼ばれた島津氏と竜造寺氏が直接対決をすることになります。
世にいう沖田畷の戦いです。竜造寺隆信は軍議での決定を勝手に覆して進路を変えて敗北したと云われています。
直茂は竜造寺隆信が討たれたことを知り自害しようとしますが味方に止められ、竜造寺政信と共に退却。
城を囲まれた際には、竜造寺隆信の首を受け取ることを断固拒否して戦う姿勢を誇示したそうです。それが認められ、島津氏に降伏した後も竜造寺氏は一目置かれるようになりました。

豊臣秀吉との誼

豊臣秀吉の九州攻めの際は密かに裏で交渉していたようです。豊臣秀吉はその功績を認めて、竜造寺氏の領土だけでなく、鍋島氏の領土も別に安堵したと云われています。
朝鮮出兵の際には竜造寺氏の家臣団を率いて第二陣として活躍しました。
この辺りから完全に政治に関与して、リーダーシップを発揮しているのは竜造寺政信ではなく、鍋島直茂になっています。

徳川家康との誼

関ケ原の戦いでは、直茂の嫡子である鍋島勝茂が西軍として活躍します。しかし、直茂は徳川家康の東軍にも手を回しており、米を買い占めてその帳簿を渡し、本番の戦の際には鍋島勝茂の軍勢を退かせました。
九州の西軍派の勢力である小早川兼包の久留米城や立花宗茂の柳川城を攻略して功績をあげ、肥前佐賀三十五万七千石の本領安堵を約束されたそうです。

竜造寺氏との関係

主君筋である竜造寺氏にも一定の敬意を払っていますが、それ以上に権力を握る直茂に竜造寺氏の当主や家臣の一部には納得していなかった者も多くいたようです。それに遠慮して直茂は佐賀藩の藩主にはなりませんでした。佐賀藩の初代藩主は息子の鍋島勝茂で、直茂は藩祖と呼ばれています。
竜造寺氏の権利の回復を目指し、叶わぬと知ると自殺を試みた竜造寺高房を逆に糾弾しています。
豊臣政権も徳川政権も竜造寺氏よりも鍋島氏を正統な肥前の領主と認めていたようです。
竜造寺氏の分家の一族は鍋島氏にそのまま使えて幕末を迎えています。
下剋上が常識の戦国時代にあって、直茂は徳のある人物だったのかもしれません。
竜造寺隆信も直茂の助言をしっかりと聞いていれば、九州の歴史が変わっていたかもしれません。
「武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり」の佐賀藩。藩祖の直茂が別格だったことが影響しているのかもしれません。

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