X
    Categories: 武将紹介 真田家

真田信尹

真田家

真田幸隆の四男。幼名は源次郎。同母兄に信綱、昌輝、昌幸がいます。昌幸と同じく幼年期から人質として甲府に出仕。
主君の武田信玄の命により旧族である名門・加津野昌世の養子となり名跡を継ぎます。信玄は譜代衆の子息と変わらず真田兄弟を優遇していました。
武田家では槍奉行を務め、北条綱成の守る駿河深沢城を陥落で武功を挙げるなど活躍。昌幸と同じように武田家の竜朱印状の奉者を勤め、武田家の家臣団の一翼を構成していました。
武田家滅亡後に真田姓に復姓し「信尹」と改名します。当初は北条氏、徳川家康に仕えました。徳川家では五千石を与えられ、後に一万石に加増されますが、家康からの恩賞に不満を覚えて浪人します。その後、蒲生氏郷に仕えますが再び家康に仕えます。
関ヶ原の戦い、大坂の陣で御使番・軍使として功績を挙げ、五千二百石になります。幕臣として徳川家に仕え、八十六歳で病死。
子の真田幸政以降、子孫は代々旗本として幕府に仕えました。徳川家・真田家の橋渡し役で、真田本家が生き残るために尽力します。大坂の陣では、真田信繁(幸村)との交渉の使者を務めたといわれています。子の真田幸政は信繁の妹を娶り、真田家の血統を明治まで存族させました。

sengoku m :