島津忠良

島津家を再興した人物で薩摩の聖君と呼ばれています。島津家の礎を築くために戦場で勇躍して三州統一への道を切り開きました。
忠良は島津氏の有力な分家とはいえない伊作島津家の出身ですが、宗家にあたる島津家は、政権基盤も弱く、薩州島津家をはじめとする一門、分家や各地の外様領主を抑える力がありませんでした。
本宗家の弱体に伴い薩州島津家の若き当主、島津実久は薩摩国守護を代行する動きを見せたため、本宗家を継いだ島津勝久は、島津実久の動きに対し、忠良に支援を求めます。忠良は国政委任を引き受け同時に忠良の嫡子、島津貴久を勝久の養嗣子として送りだしました。
貴久が元服すると勝久は、貴久に正式に守護職を譲り、忠良にその後見を依頼。忠良の力により、伊作島津家は島津宗家を引き継ぐこととなります。その後、家督を狙う実久と忠良・貴久父子との十年以上にわたる抗争で、実久との戦いに勝利すると貴久は薩国随一の実力者になり、貴久は名実ともに島津宗家の当主になりました。
忠良は琉球を通じた貿易や、鉄砲の大量購入、城下町を整備、養蚕などの産業を興し、島津氏隆盛の基礎を作り出した忠良は「島津家中興の祖」と呼ばれます。
忠良は島津家の団結を促す為、教育論や考え方を詰め込んだ「いろは歌」の創作でも有名です。儒教的な心構えを基礎とした忠良の教育論は、孫の四兄弟・島津義久、島津義弘、島津歳久、島津家久にも受け継がれることとなりました。
忠良以降の島津家は一致団結し、江戸時代の薩摩藩主時代にも「島津に暗君なし」と言われる程の名君を次々と排出しています。
島津日新公のいろは歌

 いにしえの道を聞きても唱えても 我が行いにせずばかいなし

ろ  楼の上もはにふの小屋も住む人の 心にこそはたかきいやしき

 はかなくもあすの命をたのむかな 今日も今日もと学びをばせで

に  似たるこそ友としよければ交らば われにます人おとなしき人

 ほとけ神他にましまざず人よりも 心に恥じよ天地よく知る

 下手ぞとて我とゆるすな稽古だに つもらばちりも山とことのは

 科ありて人をきるとも軽くすな いかす刀もただ一つなり

 知恵能は身につきぬれど荷にならず 人はおもんじはずるものなり

  理も法もたたぬ世ぜとてひやすき 心の駒の行くにまかすな

  ぬす人はよそより入ると思うかや 耳目の門に戸ざしよくせよ

 流通すと貴人や君が物語り はじめて聞ける顔もちぞよき

  小車のわが悪業にひかされて つとむる道をうしと見るらむ

 私を捨てて君にしむかわねば うらみも起こり述懐もあり

  学問はあしたの潮のひるまにも なみのよるこそなおしずかなれ

  善きあしき人の上にて身をみがけ 友はかがみとなるものぞかし

 種となる心の水にまかせずば 道より外に名も流れまじ

 礼するは人にするかは人をまた さぐるは人をさぐるものかは

 そしるにも二つあるべし大方は 主人のためになるものと知れ

 つらしとて恨みかえすな我れ人に 報い報いてはてしなき世ぞ

 ねがわずば隔てもあらじいつわりの 世にまことある伊勢の神垣

 名を今にのこしおきける人も人も 心も心何かおとらん

 楽も苦も時すぎぬれば跡もなし 世に残る名をただおもうべし

 昔より道ならずしておごる身の 天のせめにしおわざるはなし

 憂かりける今の身こそはさきの世の おもえばいまぞ後の世ならむ

 亥にふして寅には起くと夕霧の 身をいたずらにあらせじがため

  のがるまじ所をかねて思いきれ 時にいたりて涼しかるべし

 思ほえず違うものなり身の上の 欲をはなれて義をまもれひと

 苦しくとすぐ道をいけ九折の 末は鞍馬のさかさまの世ぞ

 やわらぐと怒るをいわば弓と筆 鳥と二つのつばさとを知れ

 万能も一心とあり事ふるに 身ばしたのむな思案堪忍

 賢不肖用い捨るつという人も 必ずならば殊勝なるべし

 無勢とて敵をあなどることなかれ 多勢と見ても恐れずべからず

  心こそ軍する身の命なれ そろゆれば生きそろわねば死ぬ

 回向には我と人とをへだつなよ 看経はよししてもせずとも

  敵となる人こそはわが師匠ぞと おもいかえして身をもたしなめ

  あきらけき目も呉竹のこの世より 迷わばいかに後のやみぢは

 酒も水ながれも酒となるぞかし ただなさけあれ君がことの葉

 聞くことも又見ることも心がら 皆まよいなりみな悟りなり

 弓を得て失うことも大将の 心一つの手をばはなれず

 めぐりては我身にこそは事えけれ 先祖のまつり忠孝の道

 道にただ身をば捨てんと思いとれ かならず天のたすけあるべし

 舌だにも歯のこわきをば知るものを 人はこころのなからましやは

 酔える世をさましもやらでさかずきに 無明の酒をかさむるはうし

 ひとり身あわれと思え物毎に 民にはゆるすこころあるべし

 もろもろの国や所の政道は 人にまずよく教えならわせ

  善にうつり過れるをば改めよ 義不義は生まれつかぬものなり

 少しを足れりとも知れ満ちぬれば 月もほどなく十六夜の空

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