カテゴリー:武将紹介 真田家
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矢沢頼康
詳細を見る1553年(天文22年)生まれ。官位は但馬守、三十郎。 矢沢頼幸ともいい、従兄弟には真田昌幸がいます。頼康の父親が、真田信繁の祖父である真田幸隆の弟です。頼康の父である頼綱は、真…
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真田守信
詳細を見る片倉守信(真田大八)は真田信繁の次男として、父・信繁の幽閉先である九度山で生まれました。幼名は大八。 大坂夏の陣の戦場で、信繁は伊達政宗の重臣である片倉重長に子供を預けました。伊…
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真田幸昌
詳細を見る真田信繁の長男。信繁が関ヶ原の戦いで流されることとなった紀伊国九度山で生まれます。祖父・真田昌幸の名を逆にして幸昌と命名されました。 父・信繁とともに九度山を脱出して大坂城へ入り…
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真田信尹
詳細を見る真田幸隆の四男。幼名は源次郎。同母兄に信綱、昌輝、昌幸がいます。昌幸と同じく幼年期から人質として甲府に出仕。 主君の武田信玄の命により旧族である名門・加津野昌世の養子となり名跡を…
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真田信繁 辞世の句です。
詳細を見る定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候。我々事などは浮世にあるものとは、おぼしめし候まじく候。 大坂夏の陣直前の3月19日に書かれた小山田茂誠に送った手紙の一節です。明日…
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真田信之 辞世の句です。
詳細を見る真田家を存続させた功労者 真田信幸(信之)は、真田信繁(幸村)の兄。 大阪夏の陣、冬の陣で華々しい活躍している弟の影に隠れていますが、とても優秀な兄です。父の昌幸と共に戦った戦…
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真田信繁
詳細を見る長野県の豪族。信繁の祖父にあたる幸隆が小県郡の真田郷を領有したあとに真田氏を名乗りました。真田昌幸の次男。武田勝頼が亡くなるまで武田家の家臣として仕えます。織田信長によって武田家が…
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真田信綱
詳細を見る真田幸隆の嫡男、信綱は父の幸隆とともに武田二十四将の一人になっています。 幼少時は父と共に武田信虎に追われて上野国に逃亡。後に幸隆とともに信玄に仕えます。父は謀将として有名ですが…
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真田幸隆
詳細を見る武田氏の家臣で武田二十四将の一人です。信玄に仕える前は信玄の父、信虎と村上義清、諏訪頼重に侵略され、戦いに敗れた幸隆は故郷を追われ、血族や縁者を頼り、あちこち転々としたといわれてい…
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真田昌幸
詳細を見る「表裏比興の者」と豊臣秀吉に評された稀代の謀将です。 信濃先方衆として甲斐武田氏家臣となった信濃の地域領主・真田氏の出自。昌幸は幼時から信玄に仕え、人質という境遇の中で信玄からの…











